そして、扉は閉じられる
エピローグ
春の鳥たちがかまびすしく歌声を競い合う季節になった頃、マルクは荷馬車を使って遠乗りに出かけた。
しばらく無沙汰にしていた母と妹達に顔を見せてから、行かなければ、と、思っていた場所へと到着した。
その地は彼女の妹が文で知らせてくれていた。ケルト海が見渡せる高台となっている草原地の丘陵。きらめきの丘、と呼んでいたか。彼女は先祖が代々眠る墓所ではなく、この丘を永眠の地に選んだという。
かつて彼女が彼と共に歩き、自分はここが一番好きなのだと言っていた場所。
ここで彼は彼女の手をとり、口付けした。
そこに今、彼女は眠っている。
まあるく太った望月がもう幾度も空に出るほどの歳月が経過していたが、誰かが頻繁に訪れているのだろう。きれいに保たれているまだ新しい墓石には、ミリアムの名と彼女の生きた短い生涯の数字が彫られていた。
少し前の自分では、この文字を読むことができなかった。
マルクはそこへ立ち尽くした。
とめどなく流れる涙を拭いもせず、ただ、目前にある墓石を見ていた。
すると、あたたかい風が彼の頬に触れた。
その風は彼を優しく包み込み、刹那、マルクはミリアムの手の感触を思い出して、唸り声を上げながら彼女の墓前に跪いた。
そして、墓石に口付けする。
風はこう囁く。
『我が君よ 嘆くことなかれ
我あまつ風となりて 常に君とあらん
愛しき我が君よ 案ずることなかれ
我らが身魂 悠久の時を越へ
ふたたびめぐり逢ひて またひとつとならん』
彼の頬にもう一度触れてから、風はその場を離れた。
空は黄昏時の、陽が沈みかけ、橙色から虹色へと変わっていく刻。
その美しき虹色の空へと高く舞い上がり、城を目指した。
魂は永遠なるもの。
時を超えて存在する。
流転たゆる事なし。
壮大な旅路を幾度も幾度も繰り返しながら、
めぐり逢い、ふれあう。
光のもとへと帰還るまで。
城内には、使用人が閉め忘れたのか、開いたままとなっている扉があり、その扉は一陣の風と共に静かに閉じられた。
了




