もう一度、はじめから
コークに戻って来た二人は、夕食の時間まで辺りを散策することにした。リー川沿いを歩きながら、マークの口数がめっきり少なくなってきたことに気付いていたマキは、初日に入った教会へ彼を誘った。
聖フィンバー大聖堂。ゴシック建造の美しい聖堂だが、この建物自体は一八七九年完成、と比較的新しい。しかし、記録によると七世紀あたりからここは人々の祈りの場であったという。
元々高い気を持つ場所なので人が集まったのかもしれないが、人の祈りとは、なにもない土地さえ聖地に代えてしまう力を持つのも事実だ。
聖フィンバーは全コーク市の守護聖人とされている。ちなみに聖パトリックがアイルランド全体の守護聖人である。
「あたしたちがまだ付き合う前、お昼休みに、あなたが女の人と一緒にいるのを見たことがあったの、覚えてる?」
聖堂内に入った二人は、一言も交わさずに美しい内装を見ていたが、マキが静かに口を開いた。閉館時間が近いためか、周囲には誰もいなかった。
「あたしはあなたたちの前にいて、横断歩道で信号待ちしてた」
マークはマキが唐突にそんな前のことを持ち出してきたことに驚いて、
「前にも言ったと思うけど、彼女とは何でもない。ただ、ランチしただけで、もう連絡なんてしてないから」
と、弁明した。
「別に疑ってたわけじゃないの。だって、あなた、その人と付き合ってるわけじゃないって教えてくれたでしょ。話したかったのはね、あなたたち二人を見たあの後、あたし、すっごく動揺して、だって、その女の人、あなたの腕を組んだわよね」
マークはばつが悪そうな顔をして、
「積極的な人だったからね、でも、あの時既に俺はキミのことが気になってたし、本当に何もなかったんだよ。ただ、知り合いに彼女を紹介されただけなんだ」
「あまりに動揺しちゃって、そのままオフィスに戻れなくて、近くの教会に駆け込んだの。自分を落ち着かせるために。そのあと、仕事ができないほどショックだったから、早退して、ピザを食べに行って、昼間っからワイン飲んじゃったんだー」
自嘲気味に笑ったマキは、先程ピクニックで飲んだワインのせいでまだ顔を赤くしている。
「何度も何度も、コーヒーに誘うって、思ってはいたけど、勇気が出なくて。あんなにあちこちで、偶然に会いまくってたのに。あなたの『お腹空いた』って、よくわかんない誘い方にもすぐに気付けなかったし・・・」
マークは思い出話をしているマキをじっと見つめている。
「でもよく、ホント、こんな不器用なあたしたちが付き合えるようになったわよねー」
マキは面白そうにくすくす、と笑った。少量のワインでもう酔っているのかも知れない。
「マキ」
見事なステンドグラスを見上げていたマキがマークに向き合った。
「はい?」
「オレにもう一度、チャンスをくれないか?」
「・・・・」
「頼むよ。そして、また始めよう、今度こそきちんと」
マキはじっとマークを見つめた。その碧眼は光を失ってはいない。
(ああ、まただ、この感じ・・・)
腹の底から湧き上がってくるこの感情は、アイルランドへ来てから、特にここコークへ来てから、何度感じただろう。この建物を見た時もそうだ。
しかし、一番懐かしく思うのは、マークのこの光を宿した青い目。初めて会った時に心奪われたこの瞳だった。
「キミが好きだよ」
その三つの単語を聞いて涙で視界がぼやけたが、マキはマークに飛び付くように抱きついた。マークはしっかりと彼女を抱きとめ、腕に力を込めた。
(ああ、この人の匂いまでもが懐かしい。落ち着かせる、安心する匂い・・・)
マークは自分の胸に顔を埋めているマキの頬に触れた。そして、数ヶ月振りに二人の唇が合わさった。




