ピクニック
マークは有給休暇を取り、三泊四日でアメリカへ戻るとのことで、どうせ一緒にいるのなら、と、二人で観光することにした。
コークはアイルランドで第二の都市だが、そう大きな街でもないので、レンタカーを借りて、近隣の町を見て廻ることになった。第三の都市リムリックを通って、風光明媚なシャノン。タイタニック号が沈没前に寄港した、美しい港町コーヴ。
初めはぎくしゃくしていた二人であったが、一日、二日、と過ごしていると、だんだんと気持ちがほぐれていくのを双方感じていた。この国の穏やかな景色、やわらかな風、素朴で優しい気質の人々とのふれあいを通して、二人の間にある見えない壁が氷解していくようだった。
「家がカラフルで、かわいいなぁ」
「でしょ?」
玄関の色が赤、青、黄などの原色ばかりでなく、家の壁も色とりどりで特徴的。目を実に楽しませてくれる。丘の上には教会が見え、おとぎ話に出てくるような港町だ。
「『レプラコーン横断中?』ハハハハ。運転するのが楽しいよ」
道路標識の一つだ。妖精が信じられているこの国ならでは。
「あ、今の看板見た?青空市場だって。寄ってみよう」
「了解」
しばらく車を走らせると、テントを張っている市場が見えてきた。人だかりも見える。駐車場に車を止め、マキはワクワクしながら売られている商品を見に行った。
「うまそうだな」
「ね?手作りジャムにスコーン。ソーダブレッドもおいしそう!」
小規模な市であれど、パン、ペイストリー類、魚の燻製、チーズ、ワイン、野菜、と、なんでもある。
「おいしいよ、買って行かないかい、お嬢さん?」
チーズ屋の店主が声をかけてきた。
「どれがオススメ?」
「どういうのが好みなんだい?」
「そうねぇ。結構癖のあるのが好きかな」
「オレはチェダーかな」
マキは目を輝かせ、マークに聞いた。
「あ、ねえ、このままどこかでピクニックしない?」
「いいねぇ」
「じゃあ、おじさん、サンドイッチに挟むものがいいわ」
「というと、このあたりかな。全部うちで作っているからね」
「ええ、そうなの?全部おいしそう。でもあたしたち観光客だから、たくさん買えないの。ごめんなさいね」
初老の店主はニッコリ笑って、
「構わないよ。君達はどこから来たのかね?」
「アメリカ。あたしは日本人だけど」
「へぇ、それはまた遠くだね」
「おじさんはこの辺でお店をしているの?」
「そうだよ。店はここから車で十分くらいのとこにある。私で三代目だよ」
「へー、そうなの。チーズ食べるの、すごく楽しみ!」
アイリッシュ・チェダーを選び、マークが代金を払うと、店主は新聞紙で作られた手提げ袋にチーズを入れてくれた。
「ステキね!とってもエコなバッグ!」
「ここいらではビニールの袋は禁止されていてね」
「そうなんだ~。おじさんたちが作るの?」
「ああ、そうさ。妻や娘たちの仕事だけどね」
店主は遠くから来たのだから、と、おまけしてくれ、
「よい旅を!」
と、気持ちよく送り出してくれた。
空はカラリと晴れることがあまりなく、マキの住む街と大して変わらない天候だが、町を出ると見える風景、断崖の絶壁や、そこから見える海、ポツポツと建っている石造の建物を見ると胸が押さえつけられるような感覚を覚える。
マークが運転中静かにしているのも、景色に見入っているからなのかもしれない。
「おいしい~」
さきほどの青空市場で揃えた品でサンドイッチを作り、海が見える見晴らしの良い場所に車を止めて、二人はピクニックを始めた。
「食べ物は期待してなかったけど、いい意味で裏切られたなぁ」
「でしょう?あたしもイギリスみたいなのかなと思ってた。材料がいいのよね。野菜は見栄えが良くて、元気がいいし」
「オレはキミの作る和食も恋しいけどね」
その言葉を聞いてマキはくすり、と笑った。マークは駆け引きをしない。少年のように直球で来る。再会してから、ずっとこんな感じで、その必死さをかわいいとさえと思う。
「明日はダブリンに戻るんでしょ?どうやって?このまま車で行くの?」
「キミはどうするんだい?」
マークは真面目な顔をして聞いた。
「う~ん・・・」
マキは答えを濁し、白ワインのミニボトルをボトルのまま飲んだ。マークはガブリとサンドイッチを頬張り、
「ポテトチップスが食べたくなるよな・・・」
と、つぶやいた。アメリカではサンドイッチの共は必ず、といっていい程ポテトチップスなのだ。
マキはイギリスで過ごした一ケ月間のこと、訪問したそれぞれの場所での出会いや、自分の心象などをマークに話して聞かせた。そして、ヨーロッパに来る前、家族のような人たちに背中を押されてこの旅に出ようと決心したことも。
「そういや、州東部にアメリカ人のお父さんがいるって話してたな」
「うん、毎年ハート・ソングには行ってる」
「なんでオレをそこに連れてってくれないんだ?」
マキはジロリ、と軽くマークを睨んでから、
「連れてく前に別れたんだもの、あたし達・・・」
と言った。マークはまたしゅん、と子犬のようになる。クーン、と鳴き声まで出しそうな雰囲気だ。
(やだ、なんかあたし、Sに目覚めてきちゃった???)
と、マキが考えていると、ふ、と目に入ったものがあった。
「あ!見て見て、ここ」
足下にあるクローバーの中に四つ葉のものを見つけた。マークも視線をやり、プチン、と千切って空に翳した。和名シロツメクサ、アイルランドではシャムロックと呼ばれ、この国の国花である。
「ダブリンでブラブラしてる時に、かわいいお店に出くわして、そこのオーナーがこれまたステキな人だったの。そのおばさまに教えてもらったんだけど、このシャムロックの葉、一枚一枚に意味があるんですって」
「花言葉ってやつか?」
「そう。希望、信仰、愛情。三枚だと三位一体、聖パトリックが十字架に因んでキリスト教の布教に使ったんだって。だから、国花になったのね。で、四つめの葉はなんだと思う?」
「幸運、だろ。見つけたらラッキーというじゃないか」
「あたり〜」
マークはマキの手の中へ千切った葉をそっと手渡した。
「キミが持ってな」
「ありがとう」
マキは四つ葉のシャムロックをいつも持ち歩いているジャーナルに挟んだ。
「さて、と、では、コークに戻りますか」
マキがそう言って、立ち上がろうとした時、マークは先にすっと立って手を差し伸べた。マキは礼を言い、その手を取った。じっとマークの視線がマキの手から離れないので、
「なあに?」
と、問うと、
「いや、キレイな手だなと思って。長い指に、すべすべの感触だ」
サッとマキはマークの手を離して、
「あなたの手は大きくて、ごつごつしてるわね。いかにも男の人の手」
すぐに離された自分の手を寂しそうに見つめながら、マークは、
「労働者の手だよ」
と、言い、その手をポケットに入れた。
(シャムロックの花言葉、『わたしを想って』っていうらしいけど、これは言わないでおこう)
と、マキは独り言ちた。




