失われた光
城下にある教会での奉仕活動へと向かう道すがら、ミリアムとオスカルは馬車に揺られていた。
教会での仕事はいくらでもあり、聖堂内の清掃から修道士たちの衣服の繕いものに至るまで、ミリアムは淡々とこなしていた。領主の姫君にそのような下働きの仕事まで、という意見が出たらしいのだが、司祭がミリアムに仕事を選ぶか否かと聞き、ミリアムは厭わない、と答えたのだ。オスカルも姫様がそれでいいのなら、と、あくまで補佐役に徹している。
「オスカル」
「はい、なんでしょう?」
思い詰めた顔のミリアムはすぐに口を開こうとはせず、オスカルは黙ったまま待った。主従間の会話は少ないままだった。
「一生のお願いを聞いて欲しいの」
「マウラお嬢様ならともかく、貴女様からそのようなお言葉を聞くとは・・・。一体どのようなお願いですか?」
深刻なものだとは察しがついたので、オスカルは冗談めかしげにマウラの名を出した。ミリアムはそれについての反応はせずに、
「わたしをあの方に会わせて欲しいの。彼の君に・・・」
「お嬢様、それはお戯れが過ぎます。お会いして何をされるおつもりなのですか?」
ミリアムは手にしていた手巾を握り締め、
「最後にお気持ちを知りたいのよ」
「そのお願いは聞き入れられません。酷なことを申し上げますが、これまでに何もないことがマルク殿の答えということなのではないでしょうか?」
「・・・・・・」
「ご自分を更に痛めつけるようなことはお止め下さい。あまつさえ、お嬢様は深く傷ついたまま毎日をお過ごしではないですか。お顔からは笑みが消え、お食事もあまりおとりにならない」
「でも、諦められないのよ・・・。あの方がまだこんなにも私の心を占めているというのに、他の方に嫁ぐだなんて、できない、できないわ・・・」
感極まってさめざめと泣くミリアムの姿を、やるせない面持ちでオスカルは見ていた。蝶よ、花よ、と育てられた姫にしては大それた我儘など言ったことがなかった。長衣や帽子ではなく、本を手にすることを何よりの喜びとし、使用人の自分の後をいつもちょこまかとついてきては、あれは何?、これは何?と、聞いてきていた我が姫君が、恋する男のために涙を流している。オスカルは大きく溜め息をついた。
「わかりました」
ミリアムが顔を上げ、縋るような眼でオスカルを見た。
「わたくしが先ずお会いして、お嬢様の言伝を伝えて参ります。その後、マルク殿がどうされるかは、我々の範疇ではないことをご理解下さい。無論、わたくしも何も申し上げるつもりはございません。全てはあの若者の意思のままに、ということでよろしゅうございますか?お嬢様の思うようにならずとも、これを最後にするご覚悟を」
「わかったわ、オスカル、ありがとう」
◆◇◆◇◆
数日後、オスカルは教会からミリアムを連れ出した。ミリアムは裏庭に咲いている薔薇を活け、堂内に飾ろうとしているところだった。
辻馬車を拾い、ミリアムを中堅どころの本屋に連れて行った。城下の本屋なので、店主はもちろんミリアムと懇意にしており、暫く話した後、どうぞごゆっくり、と言って、裏へ行った。
客はまばら。ミリアムは棚から本を取出して頁を捲るが、胸の鼓動のせいで読むどころか、文字もまともに見られないほど緊張していた。
四半刻が経った頃、店の扉が開いた。
入って来た客と目が合った。頬が幾らか削げて見えるマルクだった。は、と驚いた表情で、目が合ったのも一瞬のこと。お互い目を逸らし、マルクはミリアムの方へ近付いてこようとはしなかった。
雲一つない空をそのまま映したかのような青い瞳は、今日はいささか陰が差しているような気がしたが、その陰影がマルクの現在の心情なのやも知れない。
暫く待ってもマルクはこちらへ来なかったので、意を決し、ミリアムは書架の間を摺り抜けて行った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
端と端から向き合う状態となり、無言のまま、二人は見つめ合った。
ゆっくりと歩を進めてマルクの隣を通り過ぎる時、ミリアムは胸にある鈴蘭の首飾りに触れた。そして、
「御主人、本日は特に入用なものはございませんわ。お暇致します」
と、言って、店の出口に向かった。
その刹那、マルクがその身を翻した。ミリアムの横を通り過ぎようとし、ほんの一瞬だけ、首飾りに置いたままのミリアムの指をきゅっと握ってから、
「すまなかった・・・」
と、小声で囁き、足早に店を出ていった。
朦朧とした意識の中、扉の閉まる音がやけに冷たく、ミリアムの耳に聞こえた気がした。
「姫様!大丈夫ですか!?おい、誰か!お付きの人を呼んで来てくれ!」
夜闇が全てを覆い尽くす頃、ミリアムは目を覚ました。灯りが乏しく、何度が瞬きをして目を凝らすと、シスター・フィヌーラの顔が近くにあった。
「気が付かれましたね」
城の寝台ではなく、まだ教会にいるということか、と、頭を巡らせた。
「オスカル殿が気を失われた姫様をお連れになりましてね、驚きましたわ。ご気分はいかが?熱などはないようですが」
「オスカルは?」
「お城へお帰りいただきました。オスカル殿まで青い顔をされて、とても心配されておりましたが、わたくし共で姫様をお預かり致します、と領主様にご報告に行っていただきましたのよ」
「そうでしたの。ありがとうございます」
「今宵はもうこのままお休みなされませ。姫様は大層お疲れなのですよ。何もかも忘れて、今宵だけは、ゆっくりとお休みなさい」
何もかも、というその言葉を聞いて、ミリアムの瞳から滝のように涙が流れ出した。
「神は全てを御存知です。姫様、貴女様もまごうごとなき主のお子で、我らが父は子一人一人を慈しみ、多大な愛情で包んで下さっていることをお忘れなきよう」
シスターはそう優しくミリアムに言い聞かせながら、頬をつたう涙を拭いてくれた。
暫くして、様子を見に来た司祭はミリアムを抱擁した。
「今は暗闇の中におるじゃろうがの、光の差す方へと進んでゆかれよ。さすれば、救いの手が必ず差し伸べられる、よいかの、神の子よ、その光が見えるようになるまでの辛抱じゃぞ。望みを決して捨てるでない」




