戻りつつある日常
夕刻、オスカルが城へと戻って来たミリアムを見て、
「どうやら、司祭様方と良き刻を過ごされたようですね」
と、心なしか明るい表情になっているミリアムに言った。
「ええ、そうね。これ、司祭様から父さまに」
ミリアムは一通の書状をオスカルに渡した。
「お前が司祭様に何か言ってくれたのでしょう?」
「はい。ご相談させていただきました」
その書状には、ミリアムを週に二度、教会での奉仕活動に従事させる依頼がしたためてあった。家の事情もあるが、伯爵は司祭からの依頼を無下にはできない、というオスカルの思惑通りに、ミリアムは城での軟禁生活を解かれ外出許可を得た。
しかし、この奉仕活動にオスカルを目付け役として同伴させるという条件付きではあったが。此の朗報に、夫人もマウラも喜び、マウラに至っては、自分も行ける時にはついていく、と言った。
城外へと出るので、支度にはカトリンの手を借り、そうこうしているうちに、また父母や妹と一緒に食事もするようになっていったミリアムであった。
「お嬢様、それではわたしはこれにて失礼致します」
就寝前、カトリンがミリアムの湯あみ後の支度を手伝った後のこと。
「ありがとう、カトリン」
(お嬢様はまだ完全にお元気になっているとは言えないけれど、でも、良かった。いつもの毎日に戻りつつあるわ)
カトリンが燭台を手にし、部屋を出ていこうとした際、机の上の開封されていない文に気付き、
「これはどなたからの文なんですか?」
鏡の前にいたミリアムはあまり気の乗らない顔を向け、
「クリストルよ。わたしのことをマウラが報せていたのね。返事をしないといけないけれど、まだ読む気がしなくて、そのままなの」
「ごゆっくりでいいと思いますよ」
カトリンがそう言うと、ミリアムは薄い笑みを浮かべた。城のほとんどの者がミリアムを真綿で包むように扱っている。
「わたしは字が読めませんが、お嬢様の書かれる文字はとてもきれいで、大好きです。そんなきれいな文字の書かれた文を一度でいいからもらってみたいものです」
ミリアムは長い睫毛を伏せ、それから何か思いついたようで、
「カトリン、あなた、文字を習う気はない?」
と、カトリンに問うた。カトリンは顔を赤くし、
「え?そんな、滅相もありません。わたしのような者が・・・」
「わたしで良ければ、教えるわよ。この先、文字を使えるようになれば、わたしも助かることになるだろうし、きっとあなた自身にも役に立つと思うわ」
「いえ、でも、そんな・・・、お嬢様に教えていただくなんて・・・。旦那様にお叱りを受けます」
「朝の身支度の前、半刻くらい、どうにかならない?」
「それくらいなら大丈夫ですが、本当に、本当によろしいんですか?」
「ええ。今、わたしはオブライエン先生の講義も、ウィリアムズ先生のご指南もお休みしているから」
「だったら、ぜひお願いしたいです!ありがとうございます。わたしもお嬢様のような文字を書けるようになるまで頑張ります」
嬉しさで頬を紅潮させたままのカトリンが辞した後、ミリアムは月を眺めに露台へと出た。
自分の紡ぐ文字を美しいと誉めてくれたもう一人の人物を脳裏に抱き、文は読まれただろうか、何故返事を下さらないのか、と、まだ諦めきれない想いに胸がつかえた。
(君よ・・・、一言でも構いませぬ。貴方様からのお言葉をお待ち申し上げております)
月を見上げたミリアムの憂い顔に、蒼白い光が照らされた。
時が経てばこの胸の痛みが癒えるのだろうか。一度繋がった心はこうも簡単に離れていくことができるのか。
愛がなくとも、嫁すれば責務は果たされるが、それでは、この心はどうなる。
心が死んだまま、相手に寄り添うこともなく、この身がただ老いていくのを待つだけの人生となるのか。
相思となった彼の君とのあの強い繋がり、胸が高鳴り、嬉しさで震えるという、あの高揚感をもう二度と体感することなく、ここでひとり・・・。
(苦しい・・・。つらい・・・。逃れたい・・・。この痛みから解き放たれて、自由になりたい・・・。頸木だけではなく、何もかもから)




