それぞれの想い
父からの戒告の後、数日間部屋に閉じ籠り、食事さえ撥ね付けていたミリアムだったが、あまりの空腹さと、マウラ、オスカル、カトリンの心配振りに折れて、部屋の前に置かれる食事に手をつけ始めてからまた幾日が経った。
この間、伯爵は態度を軟化はさせず、部屋から出てこないミリアムとも一切話はしなかった。とはいうものの、オスカルに娘の様子を聞いてはいて、早急に進めると言っていた縁談話については、夫人の言うことに耳を傾けた。
「あなた、もう少し様子を見てからでも遅くないと思いませんか?あの子の性格ですから、今は頑なに閉ざしていて、お相手の方にも失礼になるかと」
「しかしの、あれは思い詰めると何をしでかすかわからぬ。儂はそこを案じておるのだ。まさか件の男と駆け落ちなどという愚行に走っては、我が家の恥だ」
「まさか、そんな・・・。そこまであの子がするとはわたくしは思いません。きっと初めてのことに舞い上がってしまっているだけですわ。あれくらいの若人にはありがちなことですもの」
「そうかのう、そういうものなのか・・・。さりとて、このまま何もせんというわけにはいかぬであろう。儂はな、奥、そなたとの婚姻は我が父が決めたことゆえ、当然のこととして受け入れた。そなたに会う前、好いた女人などは一人もおらなんだ。そして、そなたを妻として娶ることができて、とても幸運だったと思うておる」
「それはわたくしも同じですわ」
「あれにも儂らのような幸福を与えてやりたい。親として大事な娘に苦労などさせとうはないのだ。階級や身分の相入れぬ者に嫁ぐなど、苦労するのが目に見えておる」
夫人は伯爵の腕に手を置き、小さく微笑んで見せながら、
「あの子にもあなたのその想いを理解できる時が来るでしょう。ですから、もうしばらくだけ、ね、あなた」
伯爵は大きく嘆息した。
「姉さま、入るわね」
マウラがミリアムの返事を聞かずに部屋に入ってきた。このところはマウラのみ私室に入るのが、その部屋の主によって許可されている。
「今日は良いお天気よ。庭に出ない?父さまの許しはもらってきたから。もちろんオスカル付きだけど」
侍女のカトリンも入れないので、髪は無造作に纏めてあるだけの、青白い顔をしたミリアムがマウラを見た。マウラは顔色の悪い姉に陽の光が必要だと伯爵に駆け合ってきたのだった。
半ば強引にミリアムを庭に連れ出したマウラは、少し離れたところにいるオスカルと目線を合わせてから、ぴったりと姉の横にくっつき、歩いた。ミリアムは天を仰ぎ、
「陽の光が眩し過ぎるわ」
と、目を顰めた。
「これからはこうして父さまにお許しをいただくから、外に出ましょうよ、ね?そんな顔をして、美人が台無しよ、姉さま」
「日々の暮らしに希望を見出せないのだもの。寝台から起き上がることさえ億劫なのよ」
マウラはふーっと息をつき、ミリアムの腕を取った。強く歩を進める。
「正直に言うわね。父さまを説得するのは難しいと思うわ」
「分かっているわ、そんなことくらい」
「わたしが思うに、姉さまは、石畳の君に文をしたためるべき」
「文は禁止されているもの」
「オスカルが渡しに行ってくれるんですって」
「え?」
「せめてもの罪滅ぼしなのよ、オスカルなりの。石畳の君のこと、父さまに言われる前に知ってたんですって」
ミリアムは目を見開き、
「オスカルの立場上、わたしみたいに姉さまの恋の応援は出来ないじゃない?それで、葛藤してたら、遂に父さまの知れることになってしまったって言ってたわよ」
「そう、だったの・・・」
「愛しの君に何を書くかは姉さまの自由よ。二人が何をするかも・・・。ただ、これだけは覚えておいてね、姉さま。皆んな姉さまの幸せを祈っているから」
はらはらと、ミリアムのやつれた頬に涙が落ちていくのを、切ない思いでマウラは見ていた。




