西コーク地方
ダブリン観光を終えたマキは、当初の第一目的地であったコークへ向かうのに長距離バスを使った。所要時間は三時間ほど。
数日間首都を一人で散策し、この国の素朴さ、朴訥といってもいいかも知れないが、洒落過ぎたり、ガツガツと競合したりしない感覚を感じとり、それを好ましいと思った。
我が道を行く、というのがこの国の印象で、もしかするとそれがケルト民族の在り方なのかも知れない。
コークではナターシャという、ロンドン在住の友人夫婦が催したパーティーにて参加者が紹介してくれた女性の元へと向かった。欧米ではよく知らない人物を自宅に泊まらせてくれる寛大な人が多い。
マキがイギリスにいる間も、同じくロンドン在住の、大学の同級生である友がスコットランドに親しくしていた人がいるといって連絡してくれ、何日か世話になって、とてもよくしてもらったし、その他の友人、元夫の継父にあたる人物と現在の妻とは今でも仲良くしているので、知人の知人という伝手から伝手で、転々と廻って来た。
ナターシャはフランス人で、彼女も数ヶ月前にアイルランド人の恋人と別れたばかりとのことで、同じ状況のマキと意気投合した。最初の夜は、ナターシャのルームメイトである女性と三人で食事に行った。
そして、次の日、先述の継父たちが紹介してくれた御仁宅へ向かうため、マキはまたもやバスに揺られたのだった。
バスを降りて辺りを見渡すと、メールで知らされていた車種が前方に停めてあるのが見えた。マキは近付いていき、
「オリバーさん?」
と、声をかけた。車の中には、サラサラの銀髪を顎辺りの線まで伸ばしている男性が運転席に座っていた。
(うわー、なんなの、このイケオジ!?)
「そうです。マキさんですね?ようこそ」
そう言って、オリバーは車から降り、マキと握手した。
元継父から五十代半ばの大学教授と聞いていたのだが、四十代にしか見えない。アンニュイな雰囲気に、知的な老眼鏡、長身の体躯で、腹などは一切出ていない。かといって、これ見よがしに鍛えているというのでもなさそうだ。
なんでも、セミリタイアして、ロンドンからこの辺りに移住してきたという。腹は空いているか、と聞かれ、空腹ではなかったので、そうマキが答えると、とりあえず自宅へ行きましょう、と、二人は車に乗り込んだ。アイルランドも、日本や英国と同じで、右ハンドル、左側通行だ。
「アイルランドは初めてなのですか?」
「はい、そうです」
「ダブリンはいかがでしたか?」
「好きでした。あの質実剛健な雰囲気」
そうマキが答えると、オリバーはくすっと笑った。そして、一瞬マキの方に顔を向けて、
「若い女性なのに、少し変わった趣味をお持ちなんですね」
「ええ!?そうなんですかね?」
「あなたくらいの年齢の女性は、ロンドンやパリなどのキラキラした街を好むものかと・・・」
「どちらも好きですよ。ただ、イギリスで一ヶ月過ごしたんですね。そしたら、なんかもうあの豪華さにお腹がいっぱいになってしまって・・・。アメリカに住んでいると、特にあたしは西海岸なので、古いものに憧れを抱くんですが、過度にきらびやかなのはあたしには合わない、ということが今回の旅行でわかりました」
オリバーは、ハハハ、と軽く笑い声をあげた。少し鼻にかかった高くもなく、低くもない、ちょうどよい中音の朗らかな笑い声。
「それでは、きっと、この地域のこともお気に召すのでは?」
そう言って、オリバーはまたマキを見て、ニコリと微笑んだ。
(な、なんて、美しい笑顔・・・。あれ、なんか、また泣けてきちゃう・・・)
彼の鈍色の目。色は違うが、マークの目の輝きと似ている。日本にいる妹分の麻紀、それからクリスティン、蕗子、ジミーにフランチェスカ、皆、瞳に光を宿しているのだ。懐かしき光、見つめられると安心感を覚える。
(きっとこの人とも、どこかで袖を振り合ったんだろうなぁ・・・。笑顔も声も、すごく落ち着かせる雰囲気の持ち主)
マキはそう思い、すっと通ったオリバーの鼻梁に見惚れながら、車中から見える西コーク地方の景色にも目をやった。
今日も曇り空。町を出るとすぐに建物が少なくなっていき、牧草地の景観となった。ポツポツと白亜の家がある。
「お家がかわいい・・・」
「ダブリンでも思われたでしょうが、この国は高層ビルが少ないのです」
「みたいですね。それでいいと思います。古くからのものをそのまま残しているということでしょう?何でも新しければよいという考えは、あたしは好きじゃないです。大量生産に大量消費、要らなくなればすぐに捨てる。勿体ないという意識はどんどんなくなって来てると思います」
「同感です。でも、そうした対象になるものはすぐに淘汰されていきます。良いものは残る。時間の経過を超越出来る質を備えているものは。まあ、これもまちまちではあります。時の残滓は小さな町に行くほど多く見られもしますしね。保存状態を良くするためには労力とお金がかかるので仕方ないのですが・・・」
「大学教授とお聞きしてますけど、オリバーさんの専門は何なんですか?」
「社会学です」
「社会学とは一体何を勉強または研究するんでしょうか?」
「人の営み、そのものですよ。とはいいつつ、わたしは人嫌いでもありますから、こんな片田舎に引き籠っているのですが・・・」
自嘲気味にそう言ったオリバーを今度はマキがくすり、と笑い、
「本当に人嫌いだったら、あたしのことなんて受け入れてくれませんよ」
オリバーは驚いたようで目を見開いた。
「確かにそうですね。いや、ホントになぜでしょう。あなたのことはよいと思った」
ふむ、と唇を引き締めてから、くいっと鼻に近付け、それから話題を続けた。
「封建制度が終焉を迎え、階級は崩壊したはずなのに、人々の生活にはいまだに格差があります。自由になることは増えましたが、経済力がないために自由を奪われている者もいる。そうした環境または、文化的要素や習わし、伝統といったものも人間を縛ります。わたしはそこに興味を持ったのです」
「面白そうなお話ですね。後でまたゆっくり聞かせて下さい」
「わたしの話でよければ、もちろんです」
そう言って、オリバーはポケットから懐中時計を取り出して時刻を見た。
「わ、ステキですね。懐中時計を持っている人に久し振りに会いました」
「携帯電話もあるし、腕時計が便利なのはわかっているのですが、父がくれたこの時計を若い時分より使っているので、もう手放せないのです。あ、マキさん、家に帰る途中、買い忘れたものを買いに寄り道したいのですが、よろしいですか?」
マキは快諾し、オリバーの車は、信号さえないなだらかな道を順調に走って行った。
イケオジ、オリバーとの数日間については番外編に記しています。是非、遊びに来て下さい。
https://ncode.syosetu.com/n1107gi/




