心身の浄化
「ハロー、レディ!」
ジミーと同じく、マキが東部を訪ねると必ず会いに来るフランチェスカがマキをギューッとハグして出迎えた。フランチェスカはハート・ソングから車で十分ほどのところにある山中のロッジに暮らしている。
今日はマキのためにフランチェスカが「スウェット・ロッジ」というネイティブアメリカンの儀式を取り仕切ることになっていた。フランチェスカもこのコミュニティの中心人物で、自分の住んでいるヴィジョン山の山守りと言っている。
「今日はスペシャルゲストを呼んでいるのよ」
そう言って、フランチェスカはネイティブアメリカンの女性をマキに紹介した。
「今回のロッジはこのスーが『導く人』となってくれるから」
マキがスーに握手しようと手を差し出すと、スーはそのふくよかな身体にマキを抱き寄せた。
「最近悲しいことが起きたね、マイ・チャイルド、だが、安心していい。光のある方へと歩いて行きなさい」
マキ、ここで既に号泣・・・。スーは故郷の祖母を思い起こさせた。そして、顔に刻まれたたくさんの皺が懐かしい感覚を呼び起こした。
「キーパー」と呼ばれる火の番人が薪で焼いた石十数個を、鹿の角を用いて簡素な枠組みにテントを張っているだけのロッジ内の窪みに入れ込んだ。中にはマキ、フランチェスカ、スーをはじめコミュニティ内の女性が数名、膝を抱え、所狭しと待機している。誰もがTシャツ一枚という姿。ショーツは付けているが、ブラジャーはなし。金具がついているためだ。貴金属類や眼鏡も外す。
入口の幕が下ろされ、真っ暗になった。スーは部族の言葉で祈りを捧げ、乾燥した香草を焼け石に放ち、その後、葉のついた枝を使って水をかけた。香ばしい香りの後にものすごい量の蒸気で、息をするのも困難になる。数分もしないうちに汗がダラダラと全身から出てくる。
蒸気が一旦収まると、先頭を切ったのはフランチェスカだ。
「クリエイター(創造主)よ」
と始め、吐き出したいことを言葉にする。何を言ってもよい。言わずとも良い。誰も批判したり、意見したりしない。聞いたこともそれぞれの胸に秘めておく。言いたいことを言い終えたら、
「ァ・ホ(A'ho、『ア』の音は殆ど発音しない)」
というネイティブアメリカンの言葉で締めくくるのだ。この言葉には「ありがとう」「同意します」「アーメン」といった意味合いがある。全員順番を終えたら、一度外に出る。水分補給のためだ。これを四度繰り返す。東西南北の大精霊の加護をいただくという意味らしい。
今日の参加者にスウェット・ロッジは初めてという女性がいて、第一ラウンドでは、
「パスします」
と、言った。そして第二ラウンドでボソボソと短い時であったが話し、三度目に悩みを吐露してワーッと泣き崩れた。大抵の参加者はこうなる。何度か経験のあるマキは、第一ラウンドにて汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる程吐き出した。
第四ラウンドへと入る前、シャツの裾を雑巾のように絞ってから、フランチェスカがガロン(三.七八リットル)容器に用意してくれていた山水をごくごくと飲んでいると、
「ねえ、マキ」
「なあに、フランチェスカ」
「最後のシェアは日本語でしてくれない?」
「うん、もちろんいいよ」
第四ラウンドまで来ると、参加者はまるで何かを一緒に乗り越えたような同志となる。打ち明けた悩み事や問題が今、解決したわけでもないし、現状は至って変わらないままだ。だが、この吐き出すという行為は、大きな癒し、そして浄化となり、明日を生きる糧や希望となり得る。
「神さま、今日という日をありがとうございます。今回の旅の初めは絶望しまくってましたが、もう今はそんなに絶望していません。あたしにはこんなに素敵な場所があって、大事に思ってくれている人達がいます。それはとても幸せで、ありがたいことです。
ロッジに参加するといつも感じるのは、みんなそれぞれ本当にいろいろあるなー、ということと、自分の内側と他人の外側を比べても仕方ないということ。みんな、何かに悩んだり、あたしみたいにクヨクヨしたりしながら、それでも生きている。一生懸命に。
人生で起こるすべてのことには意味があるのだと、大好きになった人と別れたことも後できっと理解できると信じています・・・。大好き・・・、と想えた人に出会えただけでも・・・、ぐすん、ヒック、す、素敵なことだと思います・・・。ありがとう、ありがとうございました・・・。ァ・ホ」
フランチェスカが、小さな声で、
「ステキだったわ」
と、呟いた。もちろんマキ以外、誰も日本語を解さない。でも、それでいいのだ。シェアする内容が何語だろうと、聞いてもらう相手はロッジの参加者ではないのだ。
体内の老廃物、その他悪いもの全てを出し切ったかのような感覚になり、儀式は終わる。
そして、次のお楽しみはポトラック・パーティー。手料理などの持ち寄りパーティーだ。どの女性も、ワイワイと騒いで、楽しそうに食べたり、飲んだり。もう誰一人として暗い顔をしている者はなかった。
一同が帰ってから、マキは残ってフランチェスカ、スーとしばらく話した。スーとフランチェスカは、フランチェスカが看護師として勤める病院で知り合った。
スーはつい十年ほど前までアルコールとドラッグ中毒者で、何度も死にかけたという。今はクリーンになり、同じ問題を抱える、とくに若者を回復させる援助に力を入れていて、講演などのため全米各地を廻っているのだそうだ。
「ネイティブの人達にはそういう問題が多いの?」
「ああ、そうだよ。だけどね、中毒という病気は男女も人種も年齢の差別もしない。誰でもかかる病気なんだ。あたしは地獄を経験した。明日を担う若者にその地獄を味わって欲しくはないんだよ」
スーは静かにそう言った後、彼女の半生を語った。聖母のような柔和な表情からは想像もできないほど壮絶な過去であった。
「もう一つ聞いてもいい?どうやって回復への道を選択しようと思ったの?」
「ドラッグの過剰摂取をして、病院に入れられた時、それが三度目だったんだが、目が覚める寸前に光の線が見えたんだよ。神々しい光でね、あたしはその先に行きたい、と思った。
もう何度も何度も死にたい、と思っていて、堕ちるところまで堕ちていたからね。しかし、あたしはドン底にいても、そこが底なんてのが分かっちゃいなかったのさ。
死にたいくらい嫌気がさしていること、それ自体に嫌気がさしてて、だから、今でもあれは、救いの光だったと思っている。そして、目が覚めた時に大量の涙が出た。
あたしは五十五歳にもなって何をやってんだ、早くあの光の方に行かなくては、と思ったんだ。というわけで、それがあたしにとっての底打ちとなって、回復への扉を叩いたんだよ。
回復の道は決して平坦ではなかった。けれど、あたしはとても感謝している。あの時見えた光は、あたしを見捨てないでくれた偉大な何かだったと信じているんだ」
マキは何も言えず、いや、何を言ってもそれは表面的なことにしかならない気がして、ただ、話してくれてありがとう、と感謝の意を述べただけにした。
「今日はあんたもいろいろと吐き出せたね。とても良い顔になった」
と、ポンポン、とマキの頬を両手で包んだ。マキはニッコリと微笑み、今度は自分からギューッと、スーに抱きついた。
「ありがとう、スー。とても素晴らしい儀式だったわ。まだグダグダするとは思うけど、でもその度に起き上がって歩いて行くわ」
「そう、その意気よ」
二人より上背があるフランチェスカも二人をハグした。
「そうさね、マイ・チャイルド、人はね、いつでもやり直す機会が天から与えられている。しっかりと望みなさい。望むものが解らなければ、自分との対話を繰り返すんだ」
「自分との対話を繰り返す・・・」
「ああ。時に魂は今の自分では解らないようなことを作用させることがある。今のあんたのその大きな喪失感だって、後の何かもっと大きなものを受け取るための準備かも知れない。希望を持つことを忘れてはだめだ」
フランチェスカもスーも頷いて、またマキをがっしりとハグした。
「いずれにせよ、あなたは愛されているから」
『あなたは愛されている(You are loved.)』
この言葉は、以前、前夫のことで打ちのめされていた時に一人でこの地を訪れたマキが長距離バスに乗って自宅へと戻る際、見送りに連れ添ったフランチェスカが叫んだ言葉であった。滝のように流れてくる涙で視界がぼやけながらも、マキはフランチェスカの姿が見えなくなるまで手を振った。
また別離を経験したわけだが、あの時の絶望感と憂鬱感よりは幾らか良いかも知れない。当時もこうして周囲の人がサポートしてくれたが、今回はなにやら受け取り方が違う。こんなにまで寛大に、惜しみない愛情を与えてくれる人達に囲まれていて良かった、と、妙にサッパリした気分のマキは思い、感謝で胸がいっぱいになった。




