表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色の扉  作者: ひめみや
PR
47/68

東への旅

州東部にある小さな町。マキの住む街から車で五時間はかかる地域へ、彼女は愛車スヴェン(黒のボルボ、ステーションワゴン)を運転してやって来た。


「ハロー、スウィートハート。よく来たね」


父のように慕うジェームズ、マキは「ジミーちゃん」と呼ぶが、ジミーがマキを優しく且つしっかりとハグした。メールである程度のことは知らせており、マキはいつでもここでは大歓迎される。前回は昨夏、マキの妹が日本から遊びに来た時に連れてきた。


ジミーはこの地で広大な土地を購入後、友人らと共に、数棟のロッジを一から自分達で建て、「リトリート」と呼ばれる保養所のようなものを営んでいる。


大々的に宣伝はしていないが、「ハート・ソング(心の唄)」という名で、コミュニティの中心でもあった。


ある程度の規模の町まで行くのに四十五分かかる田舎町だが、空気は澄み、森林と湖に囲まれた美しい場所なので、都会の喧騒から離れ、自分を取り戻したい時や、心の療養、命の洗濯にうってつけの場であった。


マキの前夫の知人であったジミーだが、離婚した後でも毎年マキはジミーに会いに来る。前夫との結婚で苦しかった時も、マキは一人でここを訪れ、ジミーは多大なサポートをしてくれた。


何も言わず、ただ、美味しい手料理を毎日作ってくれ、一緒に畑の野菜の世話をしたり、映画を観たりして、静かに寄り添ってくれたことは、マキにとって何にも勝る癒しの行為だった。



「また甘えに来たよ、ジミーちゃん」


ジミーは、


「好きなだけいなさい」


と、だけ言った。




朝早く起きて、朝食を食べ、本を読んだり、書き物をしたりする。そして、周辺を散歩。その散歩がちょっとした登山となることもある。


昼は前日の残り物を食べ、マキの作る和食を喜ぶジミーや彼の妻、近隣の住人が立ち寄って、食事を食べて行ったりもするので、マキの住む街の日系スーパーから買い込んできた材料を使って手の込んだ料理を作ったり、と、毎日何かと忙しい。


この辺りはまだ残暑が厳しく、日中は気温が三十度くらいまで上がるが、夜はかなり涼しくなる。


空には満天の星。ちりばめられた、ではなく、ドワーッと放り出されたとでもいおうか、それくらいものすごい数の星だ。


マキは寝袋にくるまって、毎夜、外でその星空を眺めた。都会では決して見えない空が、ここでは見られる。


今日はさつまいもとリンゴのバターケーキを焼いて、ジミーの作った鹿肉のシチューを夕食にした後、バニラアイスを添え食後のデザートに充てた。


ジミーが使った鹿肉は、車に轢かれて間もない鹿を拾って来て、ジミー自身が血抜き、内臓除去、皮剥ぎなどの下処理をして冷凍していたものだ。


州より狩猟のライセンスは取得しているが、一年に一頭と規制がある。だが、付近は電灯のない道路なので、事故がよく起きる。このため、こうした場合は許可されているのだ。



「今日は私も天体観測に参加しよう」


ジミーが寝袋を持って来て、マキの側に横たわった。いくつもいくつも流れ星が落ちていく。


「どう、マキ?気分は落ち着いてきた頃合いだろうか?」


「うん、かなり。ここには癒しの魔法があるからね」


星明りでジミーの表情が見える。彼は満足そうに笑った。目尻に深い皺が現れる。


「実はね、ある男の人と出会って、お付き合いしたの。でも、別れることになってしまって」


「マキはその人に未練があるのかい?」


「う~ん、あるといえば、あるし、ないといえばないのかも。別れたかったのは向こうで、あたしは彼の意思をコントロールはできないから、受け入れるしかないかな、と、思って」


「そうか。私はね、君が『この人』と、決めた男性をここへ連れてくるのを楽しみにしているよ。」


「うん」


「妥協してはダメだ」


「うん」


「それから、『できること』ではなく、『したいこと』を、やりなさい」


「はい」


会話はそれで終わった。


この広い宇宙では、マキの抱える悩みはとてもちっぽけなことに思える。一年後の今頃は、きっと、もう悩んでいないだろうという気がした。


そう思えるほど、夜空で瞬く星には些末なことを忘れさせてくれる威力があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ