驚愕
マキとーマークが恋人同士になって幾月か経過した頃、
「麻紀~!」
「どしたん?そんな情けない声出して・・・」
「もうダメかも~・・・」
「なんがよ?」
麻姫は東京にいる妹分、麻紀に電話した。
「マークよ、マーク!」
「え?こないだ話した時、ぶちラブラブやったじゃろう?」
「うん、最初の三ヶ月はラブラブやったんやけど、この一ヶ月くらい、なんか彼の様子がおかしい。勇気を振り絞って聞いてみたけど、ちゃんとした答えはくれん。なんでかわからんし、あたしも疲れてきた」
「なんで、そんないきなり??他に気になる人ができたとか?」
ずーんと、麻姫は落ち込む。
「やっぱ、それしかないよねぇ・・・。理由を教えてくれんの」
「しっかりしんさい!そんなハッキリせん男はさっさと見切り付けて、ハイ、次~!」
「でも、でもさぁ、事の真相はちゃんと知ってからやないと、次に進めんくない?」
「そやったら、ビシっと聞きんさいよ!麻姫らしくない」
「うん、わかった・・・。なんかさ、もう駆け引きとかしたくないんよね。そんな疲れることにエネルギー費やせる二十代初めの時のような若さもないし。離婚がトラウマになっとるのもあるけど、次に進まんといかんのなら、スッキリしてから行きたい、ホント」
「じゃけん尚更よ、もう麻姫は自分でしたいこと、ちゃんと解っとるじゃろ。サッサとスッキリしんさい。麻姫にはもっとええ人がおるけぇ」
涙目になった麻姫は、
「わかった。けど、知るの、やっぱ怖い~~~!!!!」
あーあ、と、首を振る麻紀であった。
◆◇◆◇◆
麻紀との電話から一週間が経過し、意を決したマキは、マークと会うことにした。彼は仕事が詰まっているだの、急用ができただのと、のらりくらり躱していたのだが、
「大事な話があるから」
と、電話でメッセージを残すと、
「わかった」
と、たった一言、返事がメールで来た。
そのデートとはいえない、緊張のあまり胃から何か出て来そうなくらいの会合に選んだのは、そこまで人気のない店で、客も多くないので静かに話ができるだろうと思った場所だ。
マークは先に来ていた。
「ハイ」
と、手を挙げて挨拶したものの、彼の方も緊張が隠せない表情だ。強張っているのが遠くからでも分かった。
ウェイターが水を運んでくるのを待ってから、それまで一文字に口を閉じていたマキは静かに言葉を振り絞った。
「もう解ってると思うけど、あたし、このところのあなたの態度にはもう我慢が出来ない。もし、あたしが何かしたのなら、それを教えて欲しいし、それ以外の理由があるのなら、ちゃんと知りたい」
彼女の真剣なまなざしから一旦目をそらしたマークは、息をついて、しばらく沈黙していたが、一口グラスの水を飲んだ。そして、マキに向き合ってから、
「ごめん。オレも正直、何と言ったらいいのかわからないんだけど、なんていうか、その・・・」
マキは辛抱強く彼の言葉を待つ。
「あの、さ」
「・・・・・・」
彼の視線はあちこちに泳いでいる。落ち着きがない。よっぽど言えないことなのだろうか。
(他に好きな女ができた、と言うのがそんなに難しいことなの?)
「・・・・・・」
マキの無言の鉄仮面攻撃に根負けしたマークが絞り出した言葉は、
「不安なんだ・・・」
そう言って、肩をがっくりと落とした。
「どういう意味?」
(え?女じゃないの?)
マキの鉄仮面に表情が加わる。マークは続ける。
「うまく説明できないと思うけど、なんかオレ、キミと付き合い始めて、舞い上がりまくって、このところようやく地上に降りてきて、正気を取り戻してきたというか・・・。で、その、今度はなんか、キミみたいな魅力的な女性と一緒にいるのが恐れ多い、みたいな・・・」
「恐れ多い?」
マキが目を見開いて、彼の言葉を反復した。
「そう、なんだか、オレ自身もホントによくわからないんだけど、そう感じるのと同時に、キミがどっかに行ってしまうんじゃないかと・・・」
(何、それ?この人は、一体、何を言っているの?)
「たまらなく、不安になるんだ・・・」
その言葉を言い終えたマークが視線をマキに戻して、また、息をついた。とりあえず懸念していた答えとは違ったので、安堵したマキであったが、想像もしていなかった答えが返ってきて、困惑していた。
「それが、あたしを避けてた理由?」
「避けてたつもりはないよ。ただ、気まずかったから・・・」
(思いっきり避けてたじゃない)
と、言い返したいのをぐっと堪えて、
「あたし、どこにも行かないわよ。永住権だって取ってるし、この街にはもう十年以上住んでるほど気に入ってる。転職するつもりも今のところないわ」
「うん、とは思ってたよ。転勤なんてないって、前に言ってたし。でも、なんでだろうな。どうしても、キミが遠いところへ行ってしまう不安感が払拭できない」
マキ、しばし沈思。そして、これが多分、最後の質問になろうとは自分でわかったのだが、これを言わないと先に進めないと思ったので、勇気をまた振り絞った。
「マークはあたしと、どうなりたいの?」
二人の視線が合わさる。
「キミとは一緒にいられない・・・。マキ、すまない」
マークのその謝罪の言葉に胸を抉られた。
すぐ目の前にいるのに、たった数フィートかのテーブル越しにいるだけであったのに、マークとの間に埋めようのない隔たりを感じたマキは、何も言わずに立ち上がり、ハンドバッグを取って足早に店を出た。
(追いかけて来て、ねえ、追いかけて来てよ!)
流れる涙をそのままに、マキは歩いて家を目指した。
マークは追いかけて来なかった。




