経過報告
「もし、もし・・・」
「麻紀―!おはよー!!」
「朝からテンション高いね、麻姫。あ、そっちは朝じゃないか」
おやつにパンケーキを焼きながら、麻姫は東京の麻紀に電話を入れた。
「今日、休み?今、話せる?」
「うん。久々の日曜休み」
「祐太郎は?」
「まだ寝とる。そっちは?今、何時?」
「四時半になるところ。小腹が空いたんでパンケーキ焼きよる。バナナとブルーベリー入りよ」
「ええねぇ」
「昨日ね、石畳の君との二回目のデートやった~。で、明日は野球デート」
麻姫の言葉で目がバッチリと覚めた麻紀は、
「おお~!おめでとう!付き合うようになったんや」
「まだそこまではいってないよ。こっちは日本みたいに『付き合って下さい』と言うとか、告白するという線引きがハッキリしてないし」
「あ、そんな感じじゃったね。で、どんな風なん?」
「うん、かなりいい按配。名刺くれた話したやん?あれからメールして、こっちに戻って来た次の日、最初にご飯食べたバーで会って、それから、次は彼が誘ってくれてね」
麻姫はそう答えて、焼いたパンケーキを皿に移した。メープルシロップをかけて、紅茶を淹れたカップと共にリビングの卓袱台へ持って行く。真ん中にい草のカーペットを敷いているので、スリッパを脱いでから台へ着いた。
「会う前はドキドキしたけど、デート中は不思議とそうは思わんのよ。まだそんなに彼のこと知っとるわけでもないのに、なんか落ち着くというか、安心する、と言ってもええかも。一緒におって楽しい人やし、やんちゃなとこもあれば、年上やな~、と思うところもある」
ふんふん、と聞きながら、麻紀はにんまりと笑った。隣で寝ている祐太郎が寝返りを打つ。
「これまで三度食事して、毎回彼がごちそうしてくれてね、そのお礼に野球のチケットはあたしが取った。野球好きというのは前に聞いておったもんでさ」
そう言って、麻姫は紅茶を一口飲んだ。お気に入りのカップはフルール・ド・リスと呼ばれるアヤメの花を様式化した意匠入りだ。グラスもこの意匠のものを揃えている。
「すごいええ感じじゃね。あたしもそれ聞けて嬉しいわ」
「あんたの方は?万事うまくいっとる?」
「う~ん、前に話した、部下の子がね~・・・」
「また衝突したん?」
「衝突まではいかんけど、あることで注意したら、それからあたしを避け始めた。ほんま扱いにくい子やわ」
「店長さんは大変やね」
「その子もあたしと同じでバイトから正社員になって、悪い子ではないんじゃけどね」
「いや、なんかすごい。あたしはあんたがそうして、一店舗任せられとるだけでもすごいと思うし、部下のことで悩んでおるとか、あの麻紀がよ!学校の宿題もようせんかったし、目覚まし鳴っても起きんかったあんたが店長やって、社員やバイトをまとめよるとか、しかもあのオサレなカフェで!」
麻姫はさもおかしそうに笑った。
「でもって、昨年は『マネージャー・オブ・ザ・イヤー』に選ばれたし」
日本国内に数百はある店舗のうちの十一人に選出されるほど麻紀は有能なマネジャーなのだ。
留学生の時は、あまりに英語ができないので、最初選んだダウンダウンのクラスから大学付属のクラスに移されたという黒歴史を持つ麻紀。また、ホームステイしていた先のホスト・マザーから、「アー・ユー・ハングリー(お腹は空いてる)?」と、ゆっくり聞かれたのにもかかわらず、そんな簡単な言葉さえ解らなかったのだ。
麻姫は当初、「この子はアメリカへ何しに来たのだろう・・・」と、思っていたが、いつしか親しくなり、英語を勉強しに来たはずなのに日本人の友達とばかりつるんで、折角の機会を無駄にしている、と、麻姫が喝を入れてから、麻紀の英語力はグングン伸びていった。
大学のマーチング・バンドのオーディションを受けて入隊したり、アルバイトとして学食内のカフェでバリスタとして働いたり、そうしているとアメリカ人や他の国から来ている同じ留学生の友達がたくさんでき、二年間の留学期間を終えて帰国する頃にはペラペラに話せるようになっていた。
ちなみに、これらのエピソードは、麻姫が麻紀の結婚式で友人代表のスピーチをした時に披露している。
時折、外国人の客が職場であるカフェに来て、麻紀はもうほとんど英語を話せなくなっていると自分では言うのだが、対応くらいはできるので、といっても、内心ビクビクしながら接客していて、それを部下たちは羨望の眼差しで見ているという。かつてのように話せないので、留学経験があるとは言っていないらしいのだが。
「ほんまは大してできんのに、『できる人』と、思われとる・・・」
と、麻紀は言うが、努力家ということはわかっているので、麻姫は麻紀のことを「できない人」とは思わない。麻紀は人の意見や忠告を聞き入れる素直さを持ち合わせている。自分の非を認めて、とりあえず変えられるところを変える努力をする。
だが、頑張り屋というのはえてして、頑張る分だけ落ち込むのが激しい。
「選ばれたのはもちろん嬉しかったけど、あとは余計にプレッシャーを感じる」
「でもさ、あんた、バイトから正社員の試験受ける時も、一般知識がなさすぎ、と受かるかどうか心配しまくっておったし、それから考えたらえらい出世よ。憧れの企業に入られたというだけでもラッキーなこと。それに、あんたの頑張りようを見てくれるだけじゃなくて、評価してくれる人が周囲におるということもものすごいこと、と、あたしは思うよ」
「うん、そやね」
「目の前にあることを頑張っていこう。当たり前のことなんてさ、一つもないよ」
(麻紀は大丈夫。あたしでなくても、もう今は祐太郎が側にいてくれる)
年齢を重ねていくと、大事なものの優先順位が変わる。それはある意味、成長過程でもある。切なさとほろ苦さを感じながら、それでも麻姫は喜ばしいこと、と受け入れることにした。
「そうじゃろうね。うん、わかった、頑張る。麻姫もね。また進展あったら電話して。明日の野球、楽しんできんさい。石畳の君によろしく」
「うん。ありがとう」
麻紀は携帯電話を置いた。
「ん~・・・」
隣の祐太郎がうめき声をあげて起きた。
「誰と話してた?」
「麻姫」
「元気って?」
「うん。恋バナ聞いた。うまくいっとるらしい」
「そっか。よかったね」
祐太郎が笑うと、麻紀はぎゅーっと祐太郎に抱きついた。
「うん、ほんま、よかった」
祐太郎はよしよし、と麻紀の頭をなでた。
「朝ごはん、ホットケーキにしようか」
「いいね」
温かな感情が胸を包んでいた。そして、アメリカに居る麻姫も同じように思っている、と、麻紀は感じた。




