心強い味方
「姉さま、わたしよ」
昨晩遅くに町から戻ってきたミリアムとマウラ姉妹であったが、朝餐の後、マウラがミリアムの部屋を訪れた。本日は祝祭の翌日なので、講義も稽古も何もない日だった。
「人払いはしてきたから、大丈夫よ。さあ、姉さま、話して。昨日は何処のどなたとの逢瀬だったの?」
ミリアムは人差し指を口に充て、しっ、と言った。
「声が大きいわ、マウラ。説明するから少し落ち着いて」
マウラはミリアムが坐っている長椅子に腰掛けながら、
「落ち着けるわけないでしょう?姉さまに好いた方がいらっしゃったというのも驚きだったけど、逢瀬を交わすような仲になっているなんて、わたしの想像をはるかに超えていたのだもの。昨夜は待ち合わせの宿に戻って来た後もずっとぼんやりとしてらして、もしかしてそのお相手の方に口づけでもされたの?」
と、捲くし立てたのだが、『口づけ』という言葉にミリアムの顔が一気に赤くなったのを見て、マウラは悲鳴を上げた。
「ええー???!!!本当にされたの??!!」
ミリアムは熱くなった顔を両手で覆い、マウラに懇願した。
「お願いよ、マウラ。静かにしてちょうだい。貴女の他にはまだ誰にも知られたくないの」
驚き眼のマウラは興奮でどきどきしている胸を押さえ、声を小さくしてから矢継ぎ早に聞いた。
「一体全体どうやってそんなことになってしまっていたのよ、姉さま?!ねえ、何処のどなた?いつその方に出会われたの?もう!早く話して!」
「わたしも昨晩、やっと自分の想いを告げて、あの方も同じでいらっしゃるとおっしゃっていただいたばかりで、夢の中にいるような心持ちなの」
ミリアムがそう言うと、
「きゃああああーーーー!!」
と、叫んだマウラの口をミリアムは素早く抑え込んだ。
半刻後、興奮は冷めやらぬものの、かなり落ち着きを取り戻し、大声を上げなくなったマウラに事情を説明したミリアムは、マウラの反応を窺った。
「はぁー、本当に驚きましたわ、姉さま。後でオスカルにでもお茶を用意してもらわなきゃ。喉がからからになってしまったわ」
「ごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったのよ。でも、貴女に話して、少し胸がすっとしたかも」
「言われてみれば、思い当たる節はこれまでにたくさんあったわね。都で夜会服を新調した時も、町に出る時もそう。姉さまらしからぬ行動をとっていたと、今更ながら思うわ。それで、これからも稽古は続けるおつもりなのでしょう?」
「ええ。できたらそうしたいと思っているのだけど・・・」
「それにはわたしの協力が必要なわけね?」
ミリアムはマウラを上目遣いに見た。
「協力してくれる?」
マウラはくすっと笑った。
「もちろんよ。姉の恋路に協力しない妹がいて?」
ミリアムはマウラをぎゅーっと抱き締めた。
「ありがとう、マウラ!」
「これまで通り、町に何か用事を作って出かければよいのでしょう?わたしはコークに出るのは好きだし、姉さま達が稽古の間、一人散策するのは容易いことよ」
「恩に着るわ、心から」
「ただ、姉さま、『マノン・レスコー』みたいに、その方と駆け落ちなんてしないでね」
「それはないわ、多分」
「身分差の恋なんて、本の中だけと、おっしゃっていたのは姉さまの方だったのに、まさかその姉さまが落ちるとは、本当に驚いたわ」
ミリアムはほうっと吐息を吐き、
「自分でも信じられないの。石畳を歩く音を鳴らして近付いてこられたあの方を、最初は無礼者と思っていたから。でも、偶然に何度もお会いして、手習いをすることになって、回を重ねるごとに見えてくる表情や、ひたむきさ、真摯なお姿にいつしか惹かれるようになったのね。
この方を喜ばせたい、笑顔をいつまでも側で見ていたい、はしたないけれど、触れたい、触れて欲しい、と、思うようになっていったの。
どうやら恋というものは、気付いた時にはもう落ちているものなのかも知れないわね」
ああ、とても綺麗、と、マウラは思った。
(姉さま、すっかり恋する乙女になっていらっしゃる。でも、本当に綺麗。輝いていらっしゃるわ)
「貴女に話して、よかった。実はね、夜会でクリストルにも話したのよ。貴女と同じで背中を押して下さったわ」
「そうだったの。どういった経緯でクリストルに話したの?」
「あの方は既に気付いておられたのよ。難儀な恋になるだろうから、と、相談に乗るとおっしゃって下さったわ」
「さすがは麗しの我が君さまね」
「マウラの恋路はどうなの?」
ミリアムが聞くと、マウラは頭を振った。
「わたしの恋は、きっと実らないわ」
「どうしてそう思うの?」
「何度か二人だけで出かけたでしょう?その時になんとなくそう思ったの。クリストルには想い人が既にいらっしゃるって。それにね、わたしの恋は、きっと、姉さまのと違う類のものなのよ。憧れ、というべきかしら。
わたしは姉さまが『石畳の君』に抱くような想いは持ち合わせていない。クリストルと会うのはいつだって楽しみだし、胸が躍るけれど、恋い焦がれるとか、食欲を失くすまで思い詰めることなんてないもの。
ご婚約されたとか、どなたかを実際に娶られた、と、文が来る時に、この胸がちくりと痛むくらいはあの方を好いてはいるけれど、病に伏すなんて、わたしに限ってないと思う」
多感な年頃の娘たちは話しながら一緒に涙ぐんでいた。
「だからね、姉さま、姉さまの恋路が上手くいくように、わたしにできることは何でもするわ。せっかく出会えた殿方なんだもの。思いの丈を全てぶつけて、楽しんで欲しいから。後悔だけはしたくないじゃない」
ミリアムはぐすんと鼻を鳴らしてから、マウラの頬に口付け、再度、親愛なる妹を抱き締めた。
「ありがとう、マウラ。貴女がわたしの妹で本当によかったと思うわ」
「うん。わたしも姉さまの妹に生まれてよかったと思っているわ」
そう言って、二人で笑いあった。双方美しい笑顔だった。
「それより、聞いてもいいかしら?石畳の君との口づけはどうだったの?」
きゃっ、と、今度はミリアムが小さな悲鳴を上げ、恥ずかしそうに顔を覆って見せた。
「ねえねえ、姉さまったら!教えて~!」
「いやー、恥ずかしいー!」




