表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹色の扉  作者: ひめみや
PR
33/68

ため息

「失礼致します」


城内の執務室として使われている部屋に、オスカルが扉を開けて中に入った。正面の机に伯爵がついており、傍らに執事長でありオスカルの父でもあるパトリックが控えていた。


「お呼びでございましょうか、旦那様?」


「ああ。いくつか聞きたいことがあっての」


「なんでございましょう?」


「この文を読んでみてくれ」


そう言って、伯爵は一見してとある高家から来たとわかる書状をオスカルに手渡した。オスカルは書かれている内容に目を通し、


「これはまた」


と、開口一番に言った。


「この件についてはお前が報告はしてくれたが、仔細はまだ聞いていなかったな。申してみよ」


「はい。お嬢様方は王都にて、クリストル様のご学友幾名かと知己になられまして、この文の侯爵家ご子息はその中のお一人なのです。ミリアム様を大変お気に召されたようで、わたくしは夜会にてお会いしましたが、その様はやや度が過ぎていたと申し上げねばなりません」


「そうか。して、ミリアムはどうだったのだ?この子息のことを気に入っておったのか?」


「全くでございました。このお方を避ける手引きをするよう、わたくしが事前に申し付けられておりました次第でございます。王都から戻られました後、ミリアム様宛てにも文を送られていらっしゃいますが、お嬢様はお返事されておりません」


「なるほど。あい、わかった。パトリック、そちらの侯爵家への返事を頼む」


「かしこまりました」


パトリックがくだんの文をオスカルから受け取った。


「オスカル、今後もこうした文が都から届くかのう?」


伯爵は指を組んで、その上に顎を乗せた。


「はい。それは大いにあると思われます。お嬢様お二方とも、殿方の関心の的となっておいででしたので」


「そうか・・・。うむ、よい機会だ。お前にも話しておこう。姫にいくつか縁談は来ているのだがな、儂はある者を婿にと思うておるのだ」


「どちらのお方かお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「東国で騎士団の副団長を務めている男での。身分こそそう高くはないが、それだからこそこちらへ婿として迎えられる。つい最近、出していた文への返事が来てな。話を進めてくれとのことなのだ」


「それはおめでたいことでございます」


「あれももう十七だ。結婚するには十分な年頃であるし、この家を彼の者と盛り立てて行ってくれればと思うてな」


「旦那様が見込んでいらっしゃるお相手でしたら、さぞかし立派な御仁なのでしょう。それで、この件はお嬢様のお耳にはまだ・・・」


「そうだな。入れんでおいてくれ。なあに、急ぐ話でもない。そのうち折を見て、儂から直接話そう」


「仰せの通りに」


「時に、姫の具合はどうなのだ?」


「はい。もうお身体はすっかり本復されておいでです。本日は庭にてマウラ様とお過ごしでいらっしゃいます」


「それはよかったの」


伯爵はそう言って、鷹揚に笑って見せた。




読んでいた本に栞を挟んで、その本を卓の上に置いたミリアムがため息をついた。横で冊子に目を通していたマウラが姉をじっと見た。


「姉さま、まだ体調がよろしくないの?」


数日寝込んでからというもの、ミリアムの口数がめっきり少なくなっていることに気付いていたマウラが心配そうに聞いた。


「そうね。まだ本調子ではないわね」


「でも、ずっと城内にいても気が滅入るでしょう?今日はまずまずのお天気だから庭で、と思ったのだけれど・・・」


「心配してくれてありがとう、マウラ。ちょっとその辺を歩いて来るわ」


ミリアムはそう言って、東屋から離れた。


体調はもうよいのだが、この気落ちはどうしようもなかった。何度も何度も彼の君と女人が腕を組んでいる光景が脳裏に浮かんで来ては、頭を掻きむしってしまいたい衝動に駆られるのだった。食欲もなく、幸い、臥せっていたので、全てはそのせいにすれば周囲はそれで納得してくれたが。


中庭に出ると、庭師が樹木の剪定作業をしていたので、声をかけた。


「こんにちは」


「これは、姫様、ご機嫌いかがでしょうか?」


「まずまずね。精が出るわね。どう?捗っている?」


庭師はこの庭に伯爵の命で迷宮ラビリンスを造っている。背丈が人よりも高い木を使う大掛かりなもので、ケルト迷宮といわれる直線的且つ螺旋状の様式、「ケルズの書」に描かれているものだ。通常の迷宮は環状で、教会の床などに描かれていることが多い。


「そうですね、今のところ、五割くらい完成というところですかね」


庭師がいつも連れている黒の大型犬が尻尾を振りながら近づいてきた。


「こんにちは。お前もご主人さまにいつもついてきて偉いわね」


ミリアムはそう言って、頭を撫でてやった。犬は嬉しそうに目を細めた。


「出来ているところだけでいいから、歩いてみてもいい?」


「もちろんです」


「ありがとう」


ミリアムは礼を言って、迷宮に足を踏み入れた。


鳥の唄う声がそこかしこに聴こえる平和な日。東屋のある庭では薔薇や水仙、風信子ヒヤシンスなどの花々が植えられているので、蝶が舞っているのが見えた。庭師が丹念に手入れしてくれているこの庭をミリアムは愛している。そう思って、ミリアムは大きく息を吸い込んだ。


(そうだわ、彼の君に確かめるまでは、何もわからない。それに、いただいた文にも書いてあったわ。わたしがいなくて『さみしい』と・・・。それをわたしは信じたい)


庭師のところへ戻ると、こう言われた。


「どうやら、迷いは消えたようですな」


「え?」


「迷宮はそのためにありますよ、姫様」




東屋へ戻ると、ちょうど、オスカルが茶を持ってきたところだった。


「姉さま、よい頃合いに戻ってらしたわね」


「オスカルも気の利くこと。父さまの用事は何だったの?」


盆から茶道具一式と皿に盛った菓子をを卓に移しながら、オスカルは淀みなく答えた。


「執務に関してでございました」


「そうなの」


「ねえねえ、ベルティナの夜は供にカトリンを連れて行くのよね?」


「そうよ。町のお祭りを見たことがないから、是非一緒に行きたいのですって」


「わたしたちも小さな頃に行ったきりだものね。あの時は父さまたちも一緒だったけど。オスカルはコークのお祭りには行ったことあるの?」


オスカルが茶碗カップに注いだ紅茶を一口飲んだマウラが問うた。


「はい。私も子供の頃、母に連れられて、秋の収穫祭に行ったことがございます」


「楽しかった?」


「それはもう。村の祭りとは規模が違いますし、全てがきらきらしていた記憶がございますね」


「お前も一緒に来ればいいのに」


「供はカトリン一人で充分でしょう。男手は御者の者がおりますし、お嬢様方だけで楽しんでいらして下さい」


「そう?村の祭りくらい見物に行ったら?父さまもそれくらいは行かせてくれるでしょう?」


「もちろんでございます。時間が空きましたら、城の者を連れて行くやも知れません」


マウラが楽しそうに話している横で、知らずうちにため息をついたミリアムの姿をちらりとオスカルは一瞥したが、何も言わずにそのままマウラに受け応えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ