初公式デート
日本への里帰りから戻った次の日、麻姫と蕗子はいつものカフェにいた。
蕗子にはデパ地下で買った九州銘菓セットを土産に渡し、甘いものが大好きな蕗子は非常に喜んだ。海外生活、特に地方都市でなかなか手に入らないものが、美味なる和菓子なのだ。
「で、今日なんでしょ、彼に会うのは?」
「そう~。もう、昨夜は時差ボケもあったし、あんまり寝てない・・・。午後の仕事は辛いと思う」
麻姫はとほほ、と肩を落とした。
「四時間なんてすぐに経つよ。大丈夫」
「うん、緊張してるから睡眠不足でも、目は冴えてると思うし」
「それより、今日の麻姫ちゃん、とってもステキよ。かわいい」
麻姫は紺色のポロシャツドレスを着ていた。フランスの老舗ブランドのものだが、Aライン・スタイルなので、ふわりとしている。髪は縦に巻き、メイクもゆるふわ感を演出。麻紀と東京でブラブラしている時に買ったピンクのワンピースは、初デート用だったが、もうちょっとちゃんとしたデートのために待機させているのだった。今日会う約束の店は、二人の帰り道にあるというだけで、便宜上選んだところなのだ。
「ありがと。これが一応事前に約束した初デートだからね。寝不足だけど、昨夜はお肌のお手入れも頑張った」
蕗子はニッコリと笑って、
「うん、麻姫ちゃんのお肌、輝いてるよ」
と、言って、カフェラテを飲んだ。
「恋愛市場から離れて随分経ってたし、やってたオンライン・デートも面倒臭くて途中でやめちゃってたしね。彼と出会って、女を取り戻した感じ。やっぱ恋の力は偉大だわー」
「進展もしてるし、ホント、楽しみだね」
「こちとら、蚤の心臓になってるけどもね。でもま、前にも話した通り、当たって砕けたとしても失うものなんてないよね。ちょっとのプライドと自尊心くらい?」
麻姫はそう言って笑った。日本に帰って、強い芯が一本備わったように蕗子には思えた。
「シングルに戻ってもう五年経ったしさ、新しい関係を始めることをいつまでも怖がってても仕方ない。だから、あたし、頑張るね」
「うん、麻姫ちゃん。これまで通り応援してるから」
「ありがとう、蕗ちゃん」
終業後、待ち合わせの店に早めに着いたマキは、化粧室で姿のチェックをしてから、前回と同じようにカウンターの席に着いてマークを待った。
五時二十五分、彼が店に入って来るのが見えた。胸が早打ちする。
「やあ、待ったかい?」
マークはさわやかな笑顔をマキに向けた。
「ううん。しばらく振りね、元気?」
「うん、まずまず」
今日のマークは紺のスーツ。まるで示し合わせたかのようだ。バーテンダーが水を持ってきたので、マキはとりあえずジントニックを頼んだ。マークはアルコールを飲まないので、水のみ。
「どうだったんだい、日本は?」
「とっても楽しかったわ。最初は親友と留学仲間がいる東京で数日過ごして、それから故郷の九州に下って、ドライブ旅行に行ったり、大学のクラス会に出たり、二週間の滞在を思いっきり満喫してきたの」
「それはよかったね。キミの出身地ってなんてとこだったっけ?」
「福岡というの。多分、聞いたことないでしょう?」
「うん、初めて聞く街の名前だ」
「あたしの生まれ育ったところは福岡県の、県はこっちでいう州と同じで、市は北九州という、人口だと百万人くらいのとこなんだけどね。あなたのご両親がいる町とは姉妹都市締結してるのよ」
「へぇ、そうなんだ。それも知らなかった。ここよりも大きな町だよね」
「ここは人口七十万くらいだものね」
「家族はみんな元気だった?」
「うん。両親も兄も妹も、叔父叔母やいとこたちも、みーんな元気。うちは大家族で、ドライブ旅行は総勢二十人くらいで行ったのよ」
「どこへ行ったの?」
「有田という陶器で有名な町でお祭りがあって、そこと、柳川という城下町で、お堀を船に乗って廻る川下りをして、鰻を食べて」
「日本の城ってどんなの?」
「西洋のと全然違うわよ。土と木でできてるから。礎は石垣だけど」
「ええ?そうなのかい?」
つまみを注文して、マキは土産話をたくさんマークに聞かせた。彼は聞き上手で、マキはおしゃべりなので、マークが良い按配で合いの手を入れながら、前回と同じく会話は弾んだ。
こうして話していると、不思議と緊張はしない。彼もリラックスしているように見えた。頼んだ料理がなくなったので、頃合いかとマキはバッグから薄い紙袋を取り出した。
「はい、これ」
「なに?」
「日本からのお土産」
マークは目を見開き、
「ええ?オレに?」
「そう。ちょっとしたものだけど」
「ありがとう。開けてもいいかい?」
「もちろん」
マークは嬉しそうに黒い紙袋を開けた。黒の木綿生地に色とりどりの縞模様のポケットチーフだ。
「わあ、ステキだ」
「小倉織といって、一度は消滅した織物なの。それをとある職人さんが復興させた、あたしの地元の伝統工芸品。歴史は日本だから古いわよ。ざっと四百年くらいじゃないかしら」
「嬉しいな。早速使うよ。ありがとう」
マークは目をキラキラさせて礼を言った。
(ああ、それ、反則・・・)
そして、自分が誘ったから、と、またごちそうしてくれ、
「家まで車で送るよ」
と、言った。マキはまた心中で叫びたくなった。
マークの車の助手席に乗り込んで、マキは感動を噛みしめていた。毎朝、この車がとめてある駐車場を通る時、あるかないかチェックするのが日課となっているのだ。あれば幸せな気分になるし、ないと、まだ来ていないのかな、と、考える。その車の助手席に、自分は今、乗っているのだ。
「どっちに行けばいい?」
「あ、出たら右に曲がって」
「了解」
二週間いない間に、この街の新緑は濃くなっていた。穏やかな風が吹き、もうすぐそこまで来ている夏をワクワクして待っているような浮き立つ心持ちはデート後だから、というのが大きいのか。マキはハンドルを握る彼の右手首にはめられた時計を見ながら、考えた。
「坂の途中、左手にカフェがあるでしょう?それを左」
「OK」
マークの運転はスムーズだった。マキのアパートまで十分もかからないので、見慣れた景色を助手席の窓から見るのは新鮮で、隣にいる彼の姿と交互に観察しているとすぐに到着した。
この界隈は路肩にびっしりと自動車が駐車してあるので、マークはエンジンを付けたままマキが降りるのを待ち、自分も出てきた。二人は向き合って、
「今日もごちそうさま。それから、送ってくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。お土産は本当に嬉しかった」
「じゃあ、また・・・」
「あっと・・・、金曜日」
マキは次の言葉を待った。
「今週の金曜日は、なにか予定ある?」
マキは笑顔で答えた。
「ううん、なにも」
「じゃあ、ディナーにでも」
「はい。今度は違うお店にしましょうか」
「そうだね。キミに任せてもいいかい?」
「もちろん。決めたらお知らせするわ」
「わかった」
マークはそう言い、笑顔を見せた後、すっとマキの右手を取った。手の甲にチュッとキスを落とすと、
「それじゃ、金曜、楽しみにしてる」
と、車に乗り込んだ。助手席の窓を全開にして、突っ立っているマキに手を振り、
「今日もキミに会えてよかったよ」
と、走り去っていった。
呆然としていたマキははっと我に返って、バタバタと建物内へ入り、自宅のドアを開け中に入って、ぺたんと座り込んだ。火でも放っているのかというくらい熱くなった頬を両手で押さえ、
「また!また出たよ、キラキラビーム!おまけに手の甲へのキスー!?本当にあなたは王子様ですかぁ?きゃあああああああ」
と、我慢していた叫び声を思い切り上げたのだった。




