東京さんぽ
「麻姫、おかえりー!!」
成田空港に到着した麻姫は東京の麻紀の家に向かい、昨秋、結婚したばかりの麻紀の夫である祐太郎とファミレスで食事した後、マンションで麻紀が帰宅するのを待っていた。
「ただいま。麻紀こそおかえり。おつかれさん」
「あー、嬉しい。三日休みー!」
麻紀は麻姫をハグした後、ソファにごろんと横になった。
「麻紀、ごはん、食べてないやろ?なんか簡単なのでよければ、作ろうか?」
「あー、うん、頼むー。麻姫たちは?食べたん?」
「祐太郎がファミレスに連れてってくれて、ごちそうしてくれたよ」
「おー、祐太郎、やるやん」
麻姫が祐太郎に会うのはこれで二度目だったが、最初は札幌での結婚式の時だったので、今回じっくり話すのが初めてなのだ。祐太郎は一人っ子で、両親が高齢ということで、出身地の札幌で挙式することにしたのだった。
麻紀が四歳上の姉さん女房。祐太郎はまだ社会人三年目のサラリーマンだ。麻紀の方は麻姫がいまだ住む街に本社がある巨大コーヒー・チェーン店のマネジャーで一店舗を任せられている。アルバイトとして入り、正社員になった。
「明日、新宿でのランチは誰が来るようになったん?」
麻姫がお茶漬けに冷蔵庫の有り合わせで副菜を作りながら聞いた。勝手知ったる他人のキッチンだが、麻姫はついつい麻紀の世話を焼いてしまう。
(しかし、相変わらず物が多いな、麻紀んちは・・・)
「よう知らん。でも、ほとんどみんな来るんじゃないん?」
「ふーん」
留学時代の仲間たちが、元々都内や横浜で生まれた者の他、地方出身者も仕事のために引っ越して、ここに住んでいる。麻姫が帰国するというので集結することになっているのだった。
次の日、仲間たちが新宿に集まった。麻紀の結婚式以来なので、半年振りだ。既婚、子持ち、独身、離婚歴あり、と、ステータスは様々。就いた職業もいろいろ。
十数年前は同じ学び舎で英語を勉強した仲間だ。学生時代の友とは、出会った時の年齢に戻って、バカ話も真面目な話も両方できる。歳を重ねると背負って行かねばならなくなるしがらみ、制約などからしばしの間解放される。
ランチを食べながら、男女約十名、騒ぎに騒いだ。デザートはフルーツパーラーに麻姫が行きたいと言い、土曜の新宿、一時間以上行列待ちし、ようやくテーブルにつけたが、話すことには事欠かない連中なので、待ち時間はあっという間だった。
「明日、麻姫たち、何すんの?」
「浅草ぶらぶら」
二千円する白桃のパフェに舌鼓を打った後、麻姫が答えた。
「いいねぇ」
「ねえ、みんなも暇なら、朝、築地にお寿司食べ行かん?」
「いいよー」
そして、競りが見られるわけでもないのに、朝七時に築地集合ということになった。
その夜、麻紀宅にて、布団に入った「Wマキ」は、マシンガントークに明け暮れた。祐太郎は既に白河夜船だ。
「実はさー、あの、石畳の君から名刺をもらった」
「え?いつの間にそんなことになったん?」
「仕事からの帰り道にまた偶然会った時、ポッとさ、ご飯食べて帰らん?と、口に出た。自分でもビックリしたけど、向こうがそれに乗って来たのにも驚いた」
「やったじゃーん!」
「ドキドキものよ~!日本からメールくれってさ」
「出しんさい、出しんさい!」
「その前に、女と腕組んで歩きよったのを目撃してね」
「え?彼女?」
「それはわからん。付き合いよる人がおるのに、他の女の誘いに乗るか?」
「普通は乗らんじゃろ。浮気者でない限り」
「うん」
「これから会う回数増やして行って、確かめたらええやん」
「そうよね」
「にしても、ほんま、よう頑張ったね!」
「褒めて、褒めて~」
話すことは尽きず、睡眠時間一時間程で、三人は築地へ向かった。
「あー、睡眠不足でなんか顔が腫れとるわ」
麻紀が電車の椅子に腰掛け、ぼやいた。
「あんたの顔はいつでもデカいよ」
横で祐太郎がブーっと吹き出す。
「祐太郎、麻紀ね、アメリカで『顔デカ麻紀』と、言われよったんよ」
「あー、わかるっす。比べて、麻姫さんは、小顔ですもんね」
睨みつけている麻紀をじっと見て、祐太郎は、
「ビッグ・フェイス」
と、アメリカ人ぽく言い放ったので、隣で麻姫はゲラゲラと笑った。
集まる仲間たちが皆同じ電車に乗り、降りる際に違う車両から次々現れたのには笑った。Wマキは睡眠不足のためかハイパーで、しゃべりまくっては、つまらない冗談にも笑いっぱなしであった。
「麻姫たち、テンション、超高くね?」
「朝からなんか変なクスリでもやったんちゃうん?」
Wマキは皆と別れ、祐太郎も家に帰り、浅草へと足を向けた。浅草寺に参り、昼には池波正太郎氏が通ったという老舗店で鰻を食べ、人力車に乗った。車夫のお兄さんが面白く、ここでもよく笑った。
「気持ちいい風やわー」
春風が吹く隅田川沿いをタッタッタ、と、軽やかに走る人力車。
「住んどったらこういうベタな観光は普通せんけど、ええもんやね」
麻紀が頬にあたる風を気持ちよさそうに受けながら、言った。
「東京再発見になるやろ。みんなが四十代になったら、隅田川の屋形船を借り切って、お花見とか、花火、見よう」
「ええね、それ」
十代後半、二十代前半で出会った友等だが、これから先、皆が歳月を重ねていく様は容易に想像ができた。変わるもの、変わらないもの、増えていくであろう家族に失うものもあるだろう。一度結んだこの縁を手離す者もいるかも知れない。
が、そうであっても、一緒に過ごす時間を楽しめる感覚はきっと不変だ。それを出来得るまで共有し、それぞれのこれから歩んでいく人生を眺めていよう、と、仲間内で一番年長の麻姫は思った。
東京には三泊し、明治神宮、庭園美術館、江戸東京博物館、と、麻姫のリクエスト通りの観光をし、麻姫の滞在のため有給を取った麻紀とは濃厚な時間を過ごした。
散策中、とあるブティックに立ち寄ったWマキ。麻姫は、ピンクのワンピースをみつけた。シルク混みの麻製で、ピンク色の生地にこのブランドの特徴であるこげ茶と白色のチェック柄。ノースリーブなので、上に綿製の丈の短いボレロを羽織るデザインとなっている。
「わ、かわいいね」
「三十代半ばにはちょっともう無理かね?」
「いーや、全然ええと思うよ。初デート用に買ったら?」
試着すると、思いの外、似合ったので購入した。
「やっとみつけた人生初、ピンク色のワンピース」
「おめでとう。よう似合っとったよ。かわいい」
「ありがと」
ほくほく顔で返した麻姫であった。




