くつろぐ姉妹
夜会が開かれる日となった。
伯爵家では朝から使用人総出で支度に忙しい。ミリアムとマウラは特にすることもないので、邪魔にならぬよう離れで過ごしていた。オスカルが側に控えている。
「楽しみですわね、姉さま。最初に珈琲店でお会いしたクリストルのご学友の方々にまたお会いできますわね」
「そうね」
今宵の会にて初お目見えする、と思っていたクリストルの学友には、先日、珈琲店で会うこととなった。
珈琲店とは、男性が珈琲や茶を喫しながら、政治、時事、流行や噂話に至るまでのあらゆる談義について熱く討論したり、商人であれば商談したりする社交場として機能していた。自由に読んでよい新聞、読本、冊子などの読み物が置かれ、店によっては、店内で新聞を印刷・出版するところもあり、情報の発信地でもあった。
社交界が王族・貴族のものならば、珈琲店は庶民と貴人が交流できる稀な場でもあったのだ。ただ、女人禁制ではないものの、一服するためだけに行く場ではなく、あくまで社交場であり、女人と政治は相容れないという風潮であったため、歓迎はされなかった。
余談だが、お隣の英国にて、十七世紀後半、珈琲に対する申し立てが婦人らによって提出されている。
『珈琲の消費は、殿方を砂漠のように枯れさせ、不妊若しくは無能にし、出生率を下げている』
と、書かれ、珈琲店自体についても、
『夫は家に帰り、家事を行うべきであるのに、家庭の危機を招いている』
と、反対されていた。いかに当時の殿方が珈琲店に入り浸り、討論や社交に活力を使い果たしてしまい、奥方たちをいろんな意味で不満にさせていたことが窺えるというものだ。
クリストルが従姉妹二人と街を散策中、行き付けにしていた税関所近くにある珈琲店の前を通ったので、中を覗いてみる、と、姉妹を馬車に待たせて店へ入ると、案の定、悪友たち数人が、まるで英国での二年の歳月はなかったかの如くいた。
「クリストル!」
「おお!やはり、貴殿ら、いたな!」
「久し振りだな」
「全く顔を見せないで、何をやっているのだ?」
「姫君たちを案内しているんだよ」
「例の君の従姉妹かい?」
「ああ。外に待たせているから、僕はもう行くよ。貴殿らがいると思って、挨拶だけしようと思ってね」
「待ちたまえ。僕らに会わせずに行くつもりなのか?」
「夜会でどうせ会うじゃないか」
「なんだ、出し惜しみでもしているのか?麗しき姫君たちを我々に紹介するのが嫌なのか?」
という運びとなり、ミリアムとマウラは彼らと初対面し、次の日には湖まで野掛け、その次の日には、庭球競技会、そのまた次の日には親が大商人という子弟の家で晩餐会、と、完全に悪友たちに指揮を盗られたクリストルであった。
「楽しい方達でしたものね」
マウラがこらえきれず、笑い声を立てた。
「クリストル様のご学友は、そんなに面白い方々なのですか?」
紅茶一式を盆に載せて持ってきたオスカルが聞いた。
「そうなの、オスカル。あのクリストルが、なんだか普通の殿方に見えるのよ。あ、彼の美貌はもちろん、誰にも劣らないわよ。でも、みなさん、クリストルに有無を言わさず振り回すことができる方たちなの」
「それはまた」
オスカルが驚く。
「上手な表現ね、マウラ。わたしは振り回されて、正直、疲れたわ」
「お一方、姉さまを特に気に入られた方がいてね」
「もう、その話はやめて、マウラ」
ミリアムはオスカルが淹れた紅茶を飲んだ。茶請けは杏子と巴旦杏を入れ込んだ焼菓子である。
「オスカルには話していた方がいいのではないの?オスカルも、もしもの時に父さま方に報告しないといけないのではなくて?」
「そうでございますね。事前にどのようなお方であるのかを把握しておりますと、今宵、わたくしも上手く立ち回ることができますれば。ミリアムお嬢様は、そのお方をお気に召されてはないご様子ですし」
「ああ、さすがはオスカル。そうよ。わたしはしつこい殿方は好きではありませんの」
「お名前はデュナルという、侯爵家のご子息、だったわよね?齢はクリストルと同じじゃないかしら。姉さまにそれだけご執心だから、しつこくなるのよ」
マウラは菓子を一口食べ、訳知り顔で言った。ミリアムは強く拒絶する。
「嫌なものは嫌なの」
こうした姉妹の言い合いには慣れているオスカルが絶妙な間合いで話題を変える。
「マウラお嬢様は、どなたかお見初めになられた方はいらっしゃらないのですか?」
「この子は、クリストル以外の殿方は眼に入らないわよ」
ミリアムが悪戯っぽく言うと、マウラは眼をぎゅっと瞑り、照れ隠しのためか肩をすぼめて見せた。三人とも笑う。
「とにかく、オスカル、頼りにしているわね。危なくなったら、一目散にお前のところに逃げるわ」
「かしこまりました」
オスカルは中衣の隠しから懐中時計を取り出し、時刻を確認した。夜会の刻までまだたっぷりとある。




