生まれてはじめての文
春うららかな都での日々。
クリストルという都生まれの先達がいるため、姉妹はあちこちに連れ廻されている。見るもの、食べるもの、聞くもの、全てが牧歌的な南地方とは違い、物珍しく、楽しかった。
「今日は、何をしようか、姫君たち?」
クリストルが朝餐の席で姉妹に聞いた。
「わたしはあなたが連れて行って下さるところならどこへでも」
マウラが嬉しそうに言った。
「わたしは、今日は、遠慮してもいいかしら?」
と、ミリアム。クリストルとマウラは驚きながら彼女を見て、
「まさか具合でも悪いの、ミリアム?」
「大丈夫?姉さま」
「いえ、何ともないのだけど、少し、一人になる時間が欲しくて」
「僕が強引にあちこち連れ廻しているからだよね?いや、悪かったよ。疲れてしまったんだね」
「ごめんなさいね、クリストル。一日ゆったりした時間を持てば、大丈夫だと思うわ」
「それじゃ、離れを使うといい。食事を運ばせるよう言っておくし、父上たちにも邪魔をしないよう伝えておくからね。ゆっくり休んで、後日また楽しいことを一緒にやろう」
「ありがとう。そうさせていただくわ」
「姉さま、ごゆっくりね」
と、言ったマウラの表情に何か違う意味が含まれていたのを、もちろん、ミリアムは感じとった。姉妹の目だけで交わされた会話はこんな風だ。
(姉さま、ありがとう。二人だけの逢瀬を楽しんで参りますわ)
(妹よ、存分に楽しんでいらっしゃい)
二人が馬車に乗り込み、屋敷を後にするのをオスカルと見送ってから、ミリアムは離れへと向かった。
「オスカル、用があったら呼びますから、しばらく一人にしておいて」
「かしこまりました」
この離れには数年前までミリアム達にとって祖母にあたる前伯爵夫人が住んでいたが、夫人亡き後、客用に使用されているとのこと。居間には祖父・祖母の肖像画が飾ってある。祖父はまだミリアムが小さい頃に亡くなったので、あまり記憶にないが、この祖母は姉妹をとても可愛がってくれた。
「お祖父さま、お祖母さま、今日はわたし一人でこちらを使わせていただきますわね」
祖母の前でチェロを弾き、褒められたこと、刺繍を習ったこと、ピクニックに行ったこと、などいろんな思い出が甦ってきて、涙ぐんでしまった。
「お祖母さま、後でお話を聞いて下さる?」
そう、祖母の肖像画に話しかけた後、ミリアムは机について、紙とペンを用意した。そして、子供が読めるような文字で文を書いた。
◇◆◇
「おい、マルク」
宿屋の主が裏で作業をしていたマルクを呼んだ。
「なんだい、おやっさん」
「お前さんに文が届いてるぞ」
「俺に?」
マルクは手拭いで汗を拭き、三つ折りにし封蝋された手紙を受け取った。すぐに開封する。
『マルクさま、
おげんきでいらっしゃいますか?
みやこは人がおおくて、めずらしいものがたくさんあり、
まいにち、たのしくすごしています。
とはいうものの、あなたとのてならいのこともまいにち、かんがえています。
お一人でも、はげんでいらっしゃいますか?
本はすこしずつよめるようになりましたか?
わたしはまだそちらにはもどりません。
おへんじをいただければ、うれしくおもいます。
心をこめて、
ミリアム』
マルクは読み終えてから、捲くし立てるように、
「おやっさん!」
「なんだい?」
「紙とペン、インクを貸してくれ!」
「ああ?お前さん、今の文、読めたのかい?あの姫さんからだったんだろう?」
「ああ、なんとかな」
「そうか。大したもんじゃないか。だがな、儂んとこには姫さんに出すような文に使う紙なんてないぞ。買いに行って来い」
「わかった!」
◇◆◇
マルクに文を出してから一週間ほどが過ぎた頃、ミリアムが私室として使わせてもらっている部屋へ、オスカルが手紙を持ってきた。表の筆跡は見たことがなかったが、送り主は予想がついたので、オスカルを下がらせた後、急いで封を開けた。
『ひめさん
てがみ、うけとりました。
うれしかった。
よみかきのれんしゅうは、ひとりでもやっています。
あなたがいないので、さみしいです
マルク』
胸の高鳴りを抑えることができない。ミリアムはそのつたない文を、何度も繰り返し読んだ。一生懸命書いたことはたやすく想像できる。
(ああ、どうしましょう)
甘酸っぱくて、哀しいわけではないのに泣きたくなるような、生まれて初めて味わう感情だった。
(会いたい、早く帰って、あの方に会いたい)
都にはまだあと二週間滞在することになっている。いてもたってもいられなくなり、ミリアムは机についた。ペンを執る。
『マルクさま
おへんじありがとうございました。
わたしもとてもうれしかったです。
よくかけていました。
あとにしゅうかん、みやこにいますが、
はやくかえりたい。
わたしもはやくあなたにあいたいです。
あいをこめて、
ミリアム』
と、書いた。読み返し、は、と、気付く。
(これは、生まれて初めて書く恋文なのでは・・・)
カーッと顔に熱がいくのを感じた。破ってしまおうと手をかけたが、考え直した。
(このまま出そう。わたしの正直な気持ちですもの。何を躊躇うことがあるの?)
ミリアムは伯爵家の女中に書いた文をすぐに送るよう頼んで、私室へと戻った。
その女中が小間使いに文を託し、屋敷内を歩いていると、オスカルに呼び止められた。
「すみません、お聞きしますが、さっきの文はミリアムお嬢様からでしたか?」
「うん、そうだけど」
「宛所はどこだったか、ご覧になりましたか?」
「なんとかっていうコークの宿屋だったような気がするけどね、あたしは字があんまり得意じゃないんだよ」
「そうですか。ありがとうございます」
オスカルの古拙の笑みに女中が顔を赤らめたことはいうまでもない。




