夜会服選び
「元気にしていたかな、姫君たち」
従兄のクリストルを始め、彼の両親である伯父伯母夫婦がミリアムとマウラを出迎えてくれた。姉妹の母と伯爵であるクリストルの父が兄妹なのだ。
「まあまあ、二人ともすっかりきれいになって」
「本当だな。」
姉妹は礼儀正しく、
「ご無沙汰しておりました。伯父様、伯母様」
と、挨拶した。
「堅苦しい挨拶はなしよ。さあさ、長旅で疲れたでしょう。お茶の準備ができているから居間へ行きましょう」
伯爵夫人がそう言い、五人は屋敷の居間へと向かった。オスカルは伯爵家の女中が、滞在中に利用する部屋へ連れていった。
数年振りに会うクリストルは、ロンドンでの暮らしで更に洗練され、大変見映えが良かった。姉妹が見たこともない隣国最新の流行であろう衣装から髪型(彼は鬘を被るのを好まない)、仕草に至るまで、何もかもが新鮮であった。
多分、都一、いや、国中でも一等洒落た貴公子に違いない、と、着る物や装飾品に目がないマウラは思った。
「音楽会のことだけど、僕がロンドンから帰ってきたら通達が届いていて、どうやら音楽堂は大勢の人が来るらしい。それで、殿方は帯刀せず、ご婦人方にはドレスの下の輪骨をつけてこないようにとのことだったよ」
「まあ、そんなに多いの?」
「多分、ぎゅうぎゅう詰めになるだろうね。だから心積もりはしておいて」
◇◆◇
都とへと着いた次の日、まず初めに何がしたいか、と聞かれたミリアム・マウラ姉妹は、夜会服選び、と答えた。
伯爵家御用達の仕立屋があるので、明日にでも屋敷へ呼ぼうとクリストルが言ったが、都見物を兼ねて街に出たい、と、マウラが強く希望したので、三人で出かけることとなった。
「街へご一緒するのは二年振りですわね、クリストル」
高揚感でわくわくが止まらないといった態のマウラが、そう言った。
「そうだね。僕がロンドンへ旅立つ前に、君たち二人が会いに来てくれたあの時以来だからね」
「あちらの都はいかが?」
「素晴らしいよ。何でも揃うし、とても洗練されている」
「それは貴方を見れば一目瞭然ですわね」
クリストルはさわやかな笑顔を見せた。本日の彼の井出達は、明るい青みがかった鈍色の外套(襟部分は白で縁取りされている)、フリルがたくさんついた麻製の中衣、黒の膝上股袴、絹製の白靴下。
ちなみに姉妹は、町着として着ている簡素ではあるが上質の絹製のドレス。ミリアムは萌黄色。マウラは浅葱色だ。
「夜会には僕の学友をたくさん招待しているんだ。とびきり綺麗に着飾って、君たちの未来の花婿を探すといいよ」
「ええーっ!?」
姉妹が同時に声を上げた。ミリアムが聞く。
「本当にそういった趣向の会ですの?」
「あははは。そんなに驚かないでくれたまえ。冗談だよ。でも、まあ、父が美人の従妹のために催す会だと言ったら、是非参加させてくれ、と言ってきた輩が大勢いてね。招待せざるを得ず。それでもまあ、そんな大規模な会ではないから、気楽に考えておいて」
姉妹は黙り込んだ。そんな二人の姿を見て、クリストルはなおも笑い続けた。
「大丈夫だよ。皆、気のいい仲間ばかりだし、そんなに緊張して待たなくても」
「わたし、人前でまだ数回しか踊ったことがありませんの。クリストル、今度、お手合わせをお願いしてもいいかしら?」
「もちろんだよ」
マウラは嬉しそうに礼を言った。
「ねえ、クリストル、貴方にはどなたかとの縁談は来ておりますの?」
ミリアムが聞くと、隣でマウラの身体が一瞬固くなったのを姉は見逃さなかった。
「正式なものはないと思うけどね。まだ僕は学業を終えていないし。口約束程度のものならちらほらあるけど、そういうのなら君たちだって僕の花嫁候補だよ」
マウラの顔が一気に林檎のように赤くなったことはいうまでもない。おしゃべりは尽きなかったが、馬車は仕立屋に到着した。
「クリストル様、お久しゅうございます」
「知らせていたとは思うけど、こちらが僕の従妹の姫君たちだよ」
仕立屋の主が姉妹に挨拶した。
「これは、お美しいお嬢様方。ようこそおいで下さいました」
「本日はお願いしますわね。ミリアムにマウラと申します」
「はい、主のローランにございます。こちらこそよしなに」
店内に入ると、マウラの興奮度は頂点に達した。既製の衣装だけでもやはり、地方とは違う都の仕立屋にしかないようなものばかりだ。目移りしてしまう程、きらびやかで美しい。
「素敵ね!姉さま!」
「お嬢様方の夜会服と承っておりますが、いつ頃のお話なのでしょうか?」
「二週間後だよ。仕立てるのには間に合うかい?」
「そうでございますね。あまり装飾の複雑でないものでしたら」
「やはり思った通り。色も素材もわたくしたちの住む地方とは全然違いますもの。ああ、こちらも素敵だわ」
「ご主人、わたくしたちも時間があまりないのは存じておりますので、用意できるものをいくつかお見せ下さいます?」
(まあ、やっぱり姉さまもお買いになるんだわ。持ってきたものでいいって言ってたのに。若い殿方がたくさんいらっしゃると聞いたからよね、きっと)
ミリアムが店内の品に興味を持ったことが驚きであったが、これはすこぶる良い傾向、と、マウラは内心喜んだ。
「型を簡素なものにしていただければ、素材や色を変えて仕立てることは可能でございます」
「そうか、それはなにより。姫君たち、どうぞゆっくり選んで」
マウラはあれやこれやと物色していた。この時代、既製服は殆ど売られていないので、寸法のあうものがないのだが、この店では珍しく実物を見てもらえるようにと、既製品を用意しているので、クリストルが気に入っているとのこと。主人は巴里の出で、仏国からの布地や糸が手に入るのだそうだ。マウラは色と装飾、絹素材の違いといった点で、何種類かの型を選んではいるようだ。
ミリアムは簡素な作りではあるが、裾に豪華な刺繍が施してある一枚を選んだ。色は薄紅色。刺繍糸の色は同系色だがもっと濃い色で、ビーズの他に天然石の水晶も縫い付けてある。
「姉さま、お珍しい、そんな色を選ぶなんて」
「似合わないかしら」
「とんでもない」
主が出した茶を飲んでいたクリストルが口を挟む。
「そのドレス、一見、簡素だけど、刺繍も装飾も豪華だ。裾の襞も素晴らしい。何より君の白磁の肌にとても似合う色合いだよ」
「ありがとう、クリストル」
この貴公子に褒められて、頬を染めない婦女子がおろうか、と、マウラは思う。
「そうですわ、姉さま、まず充ててご覧になったら?」
「わかったわ」
二刻ほどいただろうか。マウラにとってはこの数か月間、なかなか解決しなかった夜会服の問題が遂に終息し、ミリアムにも同じく新調させるという当初の目的までも果たせた実り多き都での初日となった。




