夢で逢えたら
その日の朝、マキは夢を見ていた。
マークと自分が落ち葉の中を歩いている。
彼の傍らには茶色い大きな犬がいて、なにやら楽しそうに話しながら、どこかへ向かっている。夢を見ている自分は観客のようにその場面を観ているのだ。ふ、と、二人は立ち止まり、彼が自分の頬に手を伸ばしてきて、キスした。
その途端、その光景を観ていた自分が、キスしている自分に移り変わり、彼の温かい唇を自分の唇で感じていた。
バッと跳ね起きたマキは、ドキドキする心臓を押さえながら、
「ビックリした~!!!」
と、一気に目が覚めた。
もちろん彼とはキスするような関係ではない(一応、まだ)、しかし、自分の唇に触れた彼の唇の感触が、まるで本当にキスしているようなリアルな感覚だった。
(それだけ、あたしは欲求不満ってわけ?それとも、予知夢・・・?)
ウォーターフロントにあるホテル内のレストランにて、タキシードと蝶ネクタイ姿のクリスティンと、シルクドレスを着たマキがシャンパンを飲んでいた。
これから二人はオーケストラ鑑賞に行くのである。クリスティンがシンフォニー・ホールのボックス席チケットを通年で購入しているため、公演がある時、そして、彼女にデートの相手がいない時にマキにお声がかかる。
前回は昨年十二月、ヘンデル作曲の『メサイア』コンサートに二人で行った。クリスティンからマキへの誕生日プレゼントで、クリスマス時季のポピュラーな楽曲だ。因みにその前の年も、二人は同じ楽曲を聴きに行っていた。
マキはこの曲の生演奏を聴くと、決まって涙が出てくる。なぜなのかはわからないが。
本日はラフマニノフ作曲『パガニーニの主題による狂詩曲』、マキが大好きな曲である。
「最近、どうなの?」
「いろいろとうまくいってる、かな」
レストランのガラス窓の向こうに広大な湾が見える。
マキは一度、この湾で鯨が十数頭、一列になって泳いでいるのを見たことがあった。感動的な光景であった。シャチも近くまで泳いでくることもある。
「あの、『石畳の君』とは、どうなった?」
「のろのろだけど、ちょっとずつ進行している感じ」
「お、いいじゃん。聞かせてよ」
つまみに注文したマンゴー入りサルサが乗ったナチョスに手を出したクリスティンが言った。
「相変わらず、毎週のようにどこででも偶然に会ってはいるんだけど、名前も知らなかったし、なかなか誘う勇気がなくってね。
向こうもよくわかんない行動をとってたんだけど、こないだ、ついに、ランチを一緒に食べたの」
マキはホタテのカルパッチョを口に入れて、モグモグと食べた。
「それはおめでとう」
「名前はマークだって」
「へー、手応えは?どんな感じだった?」
「まだ何とも言えない。この次の約束はしてないし」
「そうなんだ。なんで?」
「だって、ちゃんとしたランチというわけでもなかったのよ。お昼を買って、外で食べようとしたら、バッタリ会ったから、一緒に食べない?って誘っただけ」
「マキにしては上出来だよ。彼も誘いに乗ったわけだよね?」
「そう」
「嫌だったらOKしないよ」
そう言って、クリスティンはシャンパンを飲みながら、マキにウィンクして見せた。
「女が好きなあなたなら、男心がわかるでしょ?どうでもいい女にウィンクしたりしないわよね?」
「しない。話しかけることもしないよ。そんなのゲイもストレートも共通!」
「そうよね、じゃあ、次は頑張って、ディナーに誘ってみるわ!」
拳を握った後、マキもシャンパンをあおる。
「なんか、マキ、かわいいね」
「ええ?」
「もどかしくて、のろい、ロー・ティーンみたいな恋愛だけど、キレイになったよ。って、元々あんたは別嬪さんだけど、華やかさが増したよね。今日の姿もすごくゴージャスだし」
「ありがと~!!!」
「応援してるから、頑張んな。彼がマキの待ち望んでいた王子様だったら万々歳。たとえ、そうじゃなかったとしても、そうやって頑張ってる努力は決して無駄にはならない」
クリスティンはこうやっていつもマキに的確な言葉をくれる。半分涙目になりながらマキは、
「ありがとう、ダーリン。うん、行けるとこまで頑張ってみる」
「心はいつも『答え』を知っているからね」
クリスティンは笑って、そう言った。
「そういえば、いつ日本に帰るんだったっけ?」
「今月下旬。石畳の君のこともあるけど、帰国は楽しみなの~。まず東京で友達と会って、それから福岡に帰るから」
「どれくらいいるの?」
「二週間。それまでに『君』ともっと進展があればいいんだけどね」
「そうじゃなくて、マキがその進展を起こすんだよ。宇宙にそう宣言するの」
「はーい。あたしは帰国前にもっと前進致します!」




