これをあなたに
マキは昼休み、マーケットに行こうとオフィスのあるビルを出た。
今日は快晴。気分も良し。歩いていると、見知らぬ人に声をかけられたので、笑顔を向けると、
「いい笑顔だね!」
と、返された。
(ピンクのオーラは持続中みたいね)
石畳の君にどこで会うかわからないので、服装、髪型に気を付けるようになったのもあり、モテ期到来、といったところか。
マーケットには色とりどりのチューリップ、水仙、と春の花がたくさん売られていた。郊外にある花農家が毎日収穫してこの市に持ってくるのだ。
ちなみにこの州は、チューリップの生産高世界一を誇る。車で1時間半ほど行くと、今の時季、チューリップ畑が見られる。広大な土地に赤、黄、白、という巨大カーペットがずらりと並んでいるのは圧巻である。
冬の間はドライフラワーや手作りリースなどが売られるが、春が近づいて来ると、先述の種類の花、次にカラー、ユリ、グラジオラス、ヒマワリ、そして秋口になるとダリア、と変化していくのが風物詩だ。
マキは昼休みにここへ来て、花を買ったり、ドイツ系ハム屋や魚屋で買い物したり、ランチしたりするのをこよなく愛していた。街で一番の観光地でもあるが、いつも人で賑わい活気がある地元民にとっても大切な場所だ。
今日はピンクのチューリップを三十本買い、オフィスへと戻った。
終業時になり、いつもの道を通って帰宅しようとし、
(今日は会えなかったなぁ)
と、石畳の君のことを考えていると、はた、と、気付いた。
(しまった!チューリップを忘れてきた)
オフィスの給湯室に、バケツに入れたまま置いてきたことを思い出した。ビルからもう結構な距離を歩いていたので、
(面倒臭いな、明日にするかな・・・)
と、思ったのも束の間、なぜだか、いや、取りに行かねば、と思い、踵を返してチューリップを取りに戻った。昼に食べなかったリンゴを引き出しに入れていたのだが、それもなんとなく持って帰ろうとバッグの中に入れた。
坂道を歩いていると、後ろから、
「どこにでもいるよね、ホント、キミって」
と、声がした。
(わ!もう五時半くらいになってるのに!!!!)
「ハイ」
マキは驚きながらも、石畳の君に挨拶した。
(あー、ビックリした!)
「きれいなチューリップだね」
「でしょう?昼にマーケットで買ったの」
「花を抱えているキミをよく見かけるよ」
「え?」
「いつも昼休み、あちこち歩いているだろう?」
「そ、そうね。息抜きの散歩してるわね」
マキの胸はドギマギした。彼も自分と同じようにいろんなところで気付いているのだ。
「花を買うのが好きなんだね」
「ええ、それはもう。あなたは?家に花を買うことはしないの?」
「絶対ないな」
「そう」
「男の一人暮らしだし。あ、前の住人が置いて行った鉢があるな。なんの緑か知らないけど、それには水をあげてるよ」
(一人暮らしなんだ・・・)
例の四つ角に差し掛かり、横断歩道で信号が青になるのを待った。
「今日も冷凍ピザかなー」
君が独り言のようにそう言った。すると、マキの心臓は一気に心拍数を上げた。
(どうしよう、どうしよう、どうしようーっ!!!言わないと、今が好機!マキ、頑張れ!)
と、せわしく脳内会議が行われていたのだが、早々と駐車場に着いてしまった。
「それじゃ、会えてよかったよ」
「あ、よかったら、これ」
マキは咄嗟にバッグの中からリンゴを取り出し、彼に差し出した。君はそれを受け取り、
「リンゴだ!オーガニックだね。ありがとう」
と、笑顔を見せた。
ハイウェーへの入口前にて、信号で止まった彼が歩いて追いついたマキの姿を認めると、先程のリンゴにガブリと齧りつき、ウィンクして走り去っていった。
「あああああ~~~~、もうっ!!!!!」
マキは無念のあまり、と、彼のさわやかなあの笑顔、そして悩殺的なウィンクにやられ、その場にしゃがみ込んだ。
「あれは反則でしょ~・・・」




