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亡霊の戯れ  作者: 桜坂 高
戯れの果てに...
37/38

第35回 光

防衛省情報本部電波部


わざわざ秘匿のための措置が一切かかっていない軍事無線で連絡を取るのは、まるで「聞いてください」と言っているようなものであった。少なくとも、EP-3からの傍受情報をまとめる一尉はそう思っていた。

 しかし、これは彼にとって必要な措置なのであろう。少なくとも「亡命先」も彼の行動を把握したいことには間違いないだろうし。

 この時期に「北部へ視察に行く」というのは間違いなく彼が亡命する証拠だ。そもそも「変異体が現れたので、調査のため視察に行く」と言っているが、変異体に関した情報は傍受されていないし、光ファイバーを介していたとしても、そんな急な情報を冷静に秘匿回線で通報し、極秘に開発者に伝わっていながら、開発者が秘匿回線を使わないなんておかしすぎる。

 位置からして首都平壌より北東3キロの地点。ただちにこの情報は上層部へと伝えられた。

 


愛知県名古屋市 13:30

 

 名古屋市市役所上空を飛行するAW109ヘリは全国規模で新聞を販売する新聞社の所属ヘリだ。数年前に「誤報」と「慰安婦」で騒がれたのも、すでに忘れ去られている。

 各方面で発生しているこの事件。おかげで、羽田で整備されていたこの機体を航空自衛隊の緊急発進(スクランブル)よろしく引っ張ってきた。

 中でカメラを構えているカメラマンは、この新聞社の航空部に配属され6年目だ。おかげで空撮に関しては自信があった。揺れる機内からの撮影とずっとレンズを覗き込むことによって起こる酔いも慣れた。

 しかし、下に広がる風景には思わず吐きそうになっていた。乗り捨てられた車をすり抜けつつ大通りを闊歩する集団は「デモ行進」を彷彿する。しかし、彼らは何の意思もなくただ歩いているだけにすぎないのかもしれない。

 「終わりのないような戦いも、今宵は休戦して祝杯を...」なんていう歌詞を歌ったバンドがいたが、この出来事に終わりはあるのだろうか...。カメラマンは不安を押し殺しつつ役目に徹していた。



13:55 アメリカ合衆国ホワイトハウス


 「どういうことだ!」とウィル・キング米国大統領は受話器に怒鳴っていた。相手は国防長官であり友人でもあるジョージ・アリアスだ。

 内容は「フィリピン」での「感染者発生」を知らせるものであった。

 去年より米海軍は、対中国政策の一環として、東南アジア戦力増強のためフィリピン・スービック海軍基地に沿岸域戦闘艦(LCS)が停泊させている。


 「原因は不明ですが、未確認情報によると国籍不明の漁船がフィリピン沿岸に漂着し、通報で駆けつけた警察官が中から現れた感染者と接触。そのまま感染が拡大したと....」

 「そんなことより、対策はないのか!」

 「...現状、射殺する以外は」

 愕然とするキングであったが、やはり大統領の器を持つ男。立ち直りは速かった。

 「とにかく、全力で在フィリピン米国人の安否確認、並び対比を急がせろ。軍の状態は?」

 「すでに極東地域に展開している部隊はコードオレンジを発動しています。三時間以内にオキナワ、およびグアムの海兵隊を動かせます」

 「オキナワは無事なのか?」

 「はい、まだ確認されていません」

 「B-1は?」と一番の"重要事項"を確認するキング。

  「中国側を飛行する場合、領空侵犯と騒がれる可能性があるので、太平洋側、ロシアの東京急行の反対ルートを飛行し、「ツガル海峡」を飛行するルートですが、すでに日本の「オキナワ」付近にまで到達、タンカー(空中給油機)と合流します」

 「わかった」


 先日買ったキューバ製の葉巻にジッポライターで火をつける。息を吸い込むと肺に煙が入り込む感覚を感じる。高級な甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 強いアメリカを取り戻す、それをポリシーにこの国のトップに登り詰めたキング。

 さきほど、日本の総理からどうやって情報を仕入れたのか「核攻撃の中止」を要請してきた。

 だが、彼はこれを期に目の上のたんこぶである国が消えることを誰よりも望んでいた。怪物の国と化した国を葬って抗議をする国はないだろう。たとえ2000万人の国民を虐殺したとしても。

 彼は勝利を確信した。



同刻 日本国沖縄県辺野古付近上空 爆撃機B-1B


 日本のレーダーサイトの能力は、一世代前からB-1を、現在配備が進む新型はB-2をも捉える能力があることを機長は知っていた。

まず、あと5分で第18航空団のKC-135とランデブーし、燃料を補給する。まだまだ遠いが津軽海峡到達後、三沢の第35戦闘航空団のF-16CJが飛来し、エスコートしてくれる手はずだ。作戦開始に先立ち嘉手納の第18航空団のE-3Bが航空誘導と警戒監視のために作戦空域付近に展開し、グアムへの帰投用燃料補給のため再びKC-135とランデブーする。完璧な作戦である。

 エノラ・ゲイのポール・ティベッツ、ボックスカーのチャールズ・スウィーニーに次いで、実に72年ぶりに「実戦」における「核爆弾投下」の機長として名が残るであろう。

 世界が憎み、邪見していた国家に正義の鉄槌を下すのだ。「俺の名は歴史に残る...」

 B-1Bランサー「ハイライト・ピース」号機長は興奮していた。




14:00  中央指揮所・大会議室


 大会議室にある楕円形のテーブルは20人近い閣僚と、必要に応じて着席する陸海空自衛隊のトップと統合幕僚長の全員が座れるほどの椅子の数と余裕がある。

 その部屋の一番奥の席、つまり「総理の椅子」には10分前まで米国大統領と電話会談を行っていた岸が座っていた。他の閣僚は閣所管省庁との電話連絡や調整で、別の部屋に出払っている。電話会談のため待機していた外務省や内閣府のスタッフもいない。

 岸は頭を抱えていた。

 何もかも絶望的であった。感染者は増え続け、道の封鎖に成功した多賀城、早期に感染者の捕縛制圧に成功した東京以外の全ての発生都市において感染が拡大していた。住民の避難が進んでいるものの、渋滞や脱出するために電車やバスを待っているところで感染者の襲撃にあうことが発生していた。

 ただ、感染研からの報告では「発症までの期間が速いので、これ以上のパンデミックは発生しないはずだ」という報告を受けていた。信じたいし、事実であってほしいと思う。

 が、たとえそうであっても、こちらが対処療法かそれとも射殺止む無しの「制圧」でもしない限り追いつめられるだけだ。

 それに、この事案が解決しても、米国は北朝鮮に核を投下するだろう。そうすれば起爆時に大気中に浮かんだ放射能が、大陸からの移動性高気圧や低気圧によって東に向かって流され、日本の日本海側諸都市に降り注ぐ。福島第一原発とは比にならない放射能が日本海側を襲うのだ。先ほどの電話会談でキングは「正義の鉄槌だ」と言っていた。おまけに詳細な爆撃予定時刻まで教えてきた。米国は何時までたっても核を「大きな爆弾」としか思っちゃいない。

 それに経済の問題もある。一時期に比べ対中・対韓貿易の比率は全体に比べて少なくなったとはいえ、インドやミャンマーなどに比べればまだまだ大きいものがある。この騒動で、これらが一気に失われることは間違いない。

 おまけに、このまま中国が崩壊した場合、中国は周辺国への軍事侵攻を開始するかもしれない。そうすれば、アジアを巻き込んだ大規模な戦争に発展する。日本の状態はなんだ?四面楚歌、背水の陣、絶体絶命・・・


 「総理」と声が聞こえた。顔をあげると菅官房長官が立っていた。

 「F-2と”暁部隊”の話ですが...」

 「はい?」と思わず問い返した。

 「やはり忘れられていましたか。”モアブ”投下の作戦と”報復作戦”のことです」

 「あぁ」とつぶやく。すっかり忘れていた。

 米軍からの「供与打診」があった爆弾と、連動した「日本初の報復作戦」のことだ。

 「準備はすべて整っています。爆撃も、部隊も移動可能です。宇多津さんからの話では「いつでもいける」とのことです」

 米国が核攻撃を決定した以上、部隊を突入はさせられない。作戦も何もかも...いや、まてよ...

 「研究者の位置はすでに把握済みでしたよね」

 「はい、彼はロシアへの亡命を希望し、すでにクレムリンは亡命受諾のようです」

 その一言に岸は腕時計を見つつ、自らの考えをまとめる。

 「仮に今から移動して、爆撃までには亡命できると思いますか?」

 「難しいでしょうね。ヘリでも使わないと早期の移動は無理でしょう。車では山越えもあることですし。間にあったとしても、爆撃時に国境沿いにいるくらいでしょう」

 「ということは、ロシアから米国に「待った」がかかるでしょうね」と岸は先ほどの苦悩に満ちた表情とは打って変わり、何やら「秘策」を思いついた顔になっている。

 「菅さん、すぐに閣僚を招集してください。時間がありません、NSCのメンバーが集まった時点で話します」

 岸の目は光り輝いていた。菅はその目に僅かながらの期待を持った。

爆撃予定時刻まで6時間を切っていた。


 第二管区海上保安本部塩釜海上保安部所属の巡視船「まつしま」(PL-74)は、仙台港警備(という名目の事実上の海上封鎖)のため、仙台港口付近にて投錨していた。黒煙が上がる街は、遠くからでも「死の街」と思える静寂さがある。

 船橋では、眼鏡の長身の若い海上保安官が双眼鏡を覗き停泊する船舶を監視していた。

 埠頭には、海上退避が遅れた大型の貨客船や貨物船が停泊している。タグボートが出港できない以上、自力出港は絶望的であり、恐怖に耐えつつ乗組員たちは船内で過ごすしかない。感染者に乗り込まれないように船梯子やランプ・ウェーを閉じているとはいえ。

それに、政府としても感染地域内に停泊していた船艇を出港させる気はなかった。感染拡大阻止のためだ。

いつ終わるかわからない状況。すべての人間たちが恐怖していた。


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