第36回 日陰者達の決意
いくら映画やドラマと違って、数日で国が滅びるほどの感染者が現れるわけではないが、それでも報告を受けた東北方面総監は顔面蒼白となった。
それでも、なんとか走りきらなければならない。自分が逃げ出したら誰が役割を果たすというのか。
そのとき、総監室の卓上電話が鳴り響いた。
「君塚だ」
「総監、宮城県知事からお電話が入っております」
「わかった、すぐに繋いでくれ」
県知事との電話に集中する東北方面総監。その顔は先程までの顔面蒼白から、東北陸自のトップとして威厳のある自衛官の顔に戻っていた。
その目を見た菅は、「この人は“地獄でクモの糸”を掴んだのだろうか」と思った。
しかし、対応を誤ればクモの糸は切れ、地獄へ真っ逆さまだ。反対に登り切ったとしても、原作ではその“展開”は描かれてはいない。どうなるかは我々の手に掛かっていた。
14:20 中央指揮所・大会議室
「総理、本気ですか?!」と吉田副総理の声が大会議室に響く。
「副総理、私は何時でも本気です。暁部隊を使用して何としても開発者を拉致します」
総理の真剣な目に誰もが気圧される感覚があった。
岸が発案した作戦、「陸海空自衛隊の総力を決し、「狂人病」、俗にいうゾンビウイルスの開発者を補足・確保し、そのまま日本に拉致する」という作戦であった。これには準備されていた「暁部隊」が中心となる。
本来は”ゾンビ騒動”で被害を被った日本が、長距離攻撃可能な対地ミサイルや報復兵器を一切持たない日本が唯一持つ報復手段、「F-2戦闘機とC-130輸送機を用いて、米軍提供のモアブ(『GBU-43/B』)を投下し平壌を破壊する」というものであった。
また平壌爆撃時の混乱に乗じて別地域に展開し、徹底的な破壊工作を行うことと、拉致被害者が収容されていると思しき場所に急行し救出する役として、陸上自衛隊特殊作戦群、海上自衛隊特別警備隊からなる混成小隊が編成されていた。これが「暁部隊」であった。
「どうせ米国が勝手に報復作戦をするので、残念ながらF-2も暁部隊も必要なくなりましたが、研究者を拉致するためにはどうしても必要です。ですからこれらの部隊を動員して成功させましょう」
「しかし、可能なのですか?」と質問するのは沢村外務大臣。
「その辺は統幕長」と岸が言うと、4人の自衛隊制服組トップの中から1人の初老の男が椅子から立ち上がった。
「総理からの要請を受けて、ある程度の素案をまとめました。まず、航続距離ですが、これは空中給油機を使用すれば問題ありません。また極秘ではありますが、細川政権時代に米国からの要望を受けた当時の内閣より「北の核施設に対する空爆についての研究」を要請され、主力戦闘機F-15Jによる空爆を検討していたため、米国からの情報提供もあり、北の上空については知識があります。ましてや現在はF-2A戦闘機やLJDAM等のピンポイント攻撃が可能なGPS爆弾を保有しているため、その当時と能力は桁違いです。
そこで我がたてた素案としては、まずC-2輸送機からの高高度降下により部隊を展開。電子戦機は防衛装備庁空装研(航空装備研究所)に技術試験機としてF-15DJの電子戦機改修型である仮称・『EF-15DJ』が2機あります。それを随伴させて行動に当たらせます。また、護衛として2個小隊の戦闘機部隊も護衛につけます。回収は潜水艦で行いますが、我が国の領海に入り次第、US-2に移譲させてすぐに筑波の研究本部に向かわせます」
「米軍の報復までは?」と外務大臣。
「おおよそ6時間です」
「間に合うのですか?」
「編成はすでに完結してはおりますが、部隊を乗せて北に展開するだけでも2時間半はかかります。そこから目標を補足・回収・移動するのにも、流石に北朝鮮国内の土地は全くわかりませんから、現場で何らかのアクシデントに見込まれることを計算しても3時間は見込んだ方が現実的です」
「5時間半ですか...」と、沢村は絶句してしまった。
「少しでも米国が早まったり、予定を超えるアクシデントが発生すればオーバーするのは確実ですね」
「しかし、やらねばなりません」と宣言するのは岸だ。
「我々は自国国民防護のためにも、開発者を拘束し、いち早くこの苦難を乗り越えなくては。もしかしたら米国や我が国の研究機関が早期に対処療法を確立するかもしれませんが、狭い国土の我が国にとっては一分一秒が惜しいです。手遅れになってはダメなんです」
そう力説する岸を皆が注目する。一人一人を見つめてから岸は言った。
「みなさん、どうか力を貸してください。この苦難を共に乗り越えましょう。そして、国民を救いましょう。もし、私が今後断罪されるとしてもそれを行ってくれる国民がいるのならば私は幸せです。その、余裕があるのですから」
5分後、現在いる閣僚全員の承認を得て、作戦名「大和」は実行に移された。
そう、大戦時に国運を背負って建造された戦艦『大和』のようにこの作戦には“国運”がかかっていた。
30分後 航空自衛隊小松基地
部隊こそ少数なれど、こうして整列させるとやはり「かっこいい」と基地の整備小隊は思った。
所属や作戦については一切聞かされていないが、きっと何か大きな作戦をするのだと思った。
303空の『F-15J』8機と『C-2』輸送機2機、そして「噂の電子戦機」と思われる見慣れぬ増槽を抱えた『F-15DJ』らしき機体が2機。全部足しても1個飛行隊にもならないが、それでも「かっこいい」と思う。
部隊指揮官らしき男が指揮台に立ち訓示していた。
「貴様らの任務が世間に明るみに出ることはない。しかし、それは国があるときだ。もし、誰もが知るときは、作戦が失敗し国が滅びたときだろう。だから、貴様らは決して知られる存在とはならない。貴様らが日陰者である方が国が幸せなときである。日陰者として、日本国、国民を救ってほしい」
「がんばれっー!!」
「無事に帰ってこいよ!!」
「いつでも待っているからなッ!」
数分後、空へと舞い上がる機体たちを小松基地にいた全ての自衛官が手を振って、また声援でもって見送った。
正門前の整備についていた基地警備隊の空士は声援と爆音に気づき、機体に向け敬礼をしていた。
そして、最後に離陸した『EF-15DJ』が翼を振って声援に応えた。
米軍報復まであと5時間と20分




