''新章''第34回 核の効能
巨大な怪鳥が轟音と共に飛び立つ。黒っぽい塗装が成されたその機体は、まっすぐ北へと向かっていった。
13:10 内閣情報調査室
「Thank You.Please Again.」
そう言って電話を切る。田辺はすぐに受話器を取り、ダイヤルを押した。
「もしもし、私だ。総理は今どこに?」
受話器の向こう側にいるのは、田辺と同じ大学出身で、サークルの後輩でもある総理秘書だ。
「そうか、副総理も長官もご一緒か。分かった、申し訳ないがそこでお待ちいただくように伝えてくれ。すぐに行く」
受話器の向こうでなにか叫んだような気がしたが、返事を聞かずに受話器を置く。ジャケットを羽織って走り出した。
ラッキーなことにエレベーターの扉が開いていたので、それに乗り込み1階を押す。扉がしまり、ふと鏡を見る。
「....今度はネクタイをしっかり閉めないとな」
二度も同じ過ちを起こすのは御免だった。
同刻 総理官邸前
「いっそこちらから調査室の方に行った方が良いと思いますよ」
苦笑しながら独特のダミ声で言うのは吉田副総理だ。
「秘書が言ってたよ、あと一歩遅かった。言おうと思って叫んだら切られましたよ、ってね」
公私ともに仲の良い岸総理と副総理は「伸ちゃん」「たろちゃん」と呼び合う仲だ。年齢的には差があるが、不思議と気が合うらしい。
「まぁ、田辺さんらしいと言えばらしいですけどね」と二人を微笑みながら言うのは菅官房長官だ。
本来、テロ対策や車両事情の観点から、主要閣僚が同じ車両に複数乗り合いすることはありえない。しかし、この有事の事態。警察としても護衛として回す戦力があるなら治安維持に回したいし、感染者と在日系反日系によるテロ警戒を行うので精一杯であった。また、警視庁は特科車両隊を含めた10個機動隊があるが、日本全国で発生している感染者騒動に地元警察が対応できないため、第1、2、7、特科隊を除いた機動隊を増援部隊として派遣していたため戦力が明らかに不足していた。
そこで、急遽自衛隊に声がかかった。練馬駐屯地所在の陸自東部方面隊第1師団本部付隊の82式式通信車を呼び寄せて、それを閣僚移動用として使ったのだ。また第1施設大隊から96式装輪装甲車を2輌拝借、閣僚が乗る車輛を装甲化して警備を少しでも少なくする作戦だった。
そして、官邸から防衛省地下の中央指揮所に移ろうとしていたときに、田辺からの連絡だった。
仕方がないので、先に指揮車と警備の白バイ3台とクラウンパトカー1台を残して先に行かせた。
3分もかからないうちに、サイレンを鳴らした1台のクラウンパトカーに先導されたセドリックがやって来た。田辺だった。
助席扉を開けて降りながら、先導したパトカーに手を振る。そして、指揮車の後部ハッチが自衛官によって開けられ「おまたせしました!」と言いながら乗り込んできた。
「田辺さん、手を回すのが早いですね。まさか先導付とは」と総理。
「いや、調査室を出て車で行こうと思ったらパトカーがいましてね。頼んで先導してもらったんです」
そして、田辺は3人の閣僚の顔を見てから話を始めた。
話が終わったあと、3人の閣僚は顔を青ざめていた。
「するとなんですか。アメリカは弾頭ミサイルには核で返すと」と岸。
「少なくともその意思はあるようです。中国は自国で手一杯、韓国は崩壊、ロシアは存ぜぬふり。この状況ならどこも文句は言わんでしょう。まだ不明な点がありますが、友人の話だと、このタイミングで発進するのはそれしか考えられないそうです」
田辺にグアムに住む米国人の友人から連絡があった。「アンダーソン空軍基地から「B-1爆撃機」が飛び立った」と。そして、それが「任務機に間違いない」と。
田辺は続ける。「米国は3時間前から「B-52」と「B-1B」による空中哨戒(CAP)を始めています。今さら増援は考えられませんし、そもそも意味がない。なにより有力なソースがあります」
「どういう意味かね」と吉田。
「ここから当人のために内密にしていただきたいのですが、彼は基地内に「情報提供者」、と言っても単なる米空軍の軍人の友人がいるのですが、その彼が「キングは本気だ」と伝えてきたそうです」
「つまり、合衆国大統領が核攻撃を指示したと?」と菅。
「はい。間違いなく」
「うん......」と考え込む岸。これが無能な政治家なら「馬鹿馬鹿しい、外務省や防衛省、米国はなにも言っとらん」と突っぱねそうだが、岸はなにより田辺を信頼していた。
「とりあえず、外務省に連絡して探りを入れてもらいましょう。菅長官、沢田さんに伝えてください。そして防衛省にも情報収集を」
「承知しました」
「しかし、「B-2」じゃなくて「B-1」か。ステルス性には劣るがコストパフォーマンス的に不釣り合いなのかな」と軍事オタクでもあり財務大臣でもある吉田が言う。「操縦性能は「1」が良いだろうけどね」
この場にいる全員が考えたくなかった。北朝鮮が核攻撃されれば、風向きによっては日本が放射能の嵐に襲われるのだ。
福島原発以上の被害になることは間違いない。
「せっかく全弾撃墜できたのに...今度は核...」
岸は胸の内で嘆いた。
「ロシアが動く?」
報告に朝鮮人民軍陸軍参謀総長が聞き返した。
「少なくとも1個機械化師団、2個狙撃旅団が国境沿いに集結しつつあります」
情報担当の部下は、淡々と事実を伝えてくる。
参謀総長は、椅子から立ち上がり、司令部から見える遠い山々を仰ぎ見た。
八方塞がり。こんなにこの状況に似合う言葉もないだろう。もはや、祖国の肩を持つ国はない。今さら南(韓国)に侵攻したところで、意味は皆無だ。それに、怪物部隊を作るのに、この国の経済状況、そして第一書記による頻発しすぎた粛清のため、命令系統も人員も金も弾薬も何もかも足りない。
「もはやこれまでか...」
遠くの山々が炎で赤く燃えていた。我が祖国を灰に変えるかの如く。もちろん、想像だ。
だが、遅かれ早かれそうなると参謀総長は思った。




