根暗陰キャ、警告に耳を傾ける
学院での生活が始まった。
前世での学校とは違い、学院は独特な気風がある。
講師による授業が行われているが、出入りは自由。必須単位だとかそういうものはない。
ただ、一年に一度、サテラによる魔女面談がある。
それで全てが決まるらしい。
「あれー? ラシャちゃんどこー?」
私の目的は魔法を密やかに極める事。
魔女になるとか、失格者になるだとか、目立つ事やトラブルはお呼びでないのだ。
よって、一方的に懐いてくるペロを撒くことに対して、罪悪感というものはまったくない。
私の名前を大声で呼びながら、廊下ですれ違うペロ。私に気づく素振りもない。
(認識阻害の結界を作る魔法、大成功だ)
ペロから逃げ回りつつ、魔法を探求すること三日。平穏な学院生活を送るため、私は『相手に認識されづらくなる結界』を編み出し、それを作る魔法を開発した。
「……カア」
残念ながら、リエの鴉には看破されてしまったが。
鴉は器用に窓を開け、中に入る。
「隠れる為に魔法を作るなんて、やっぱり君は変わっているね」
鴉の嘴から響いたのは、リエの声。
「なんでバレてるんですかねえ。他の人には気づかれていないのに」
「それは私が濡羽の魔女だから。並の魔女なら君の魔法は見破れない、それは確かだ」
鴉は羽繕いを始める。
廊下を歩く魔女候補たちが鴉を不思議そうに眺めては、何事もなかったかのように立ち去る。
「相手の関心を失わせる魔法ですか」
私とは異なる魔法の気配に気づいて、それを観察して知った。構築する式は私のものと似ている。
「そう、君の魔法を真似させてもらった。君は私とよく似ている。君は善い魔女になれるよ」
「なりませんよ、魔女になんか」
「それもそうだったね」
リエのアレンジした魔法は、なるほど細部まで理に適っている。
認識を阻害すれば、違和感を持たれる。だが、関心を失うことに気づく者は少ない。なぜなら、興味をなくしたものは忘れるのが常だからだ。
そう、目の前を横切る魔女候補のフロストのように。
小脇に抱えているのは宮廷儀礼とマナーの教本だ。
「そういえば、魔女って男もなれるんですか?」
気になったついでに、リエに尋ねてみた。
鴉は羽を一つ一つ丁寧に清めている。
「男は魔女になれない。時がくれば、肉体そのものが女となる。その時をもって、初めて魔女となれる」
「性転換とはたまげたなあ」
「ちなみに、何故か男が魔女になると性的な部分が強調された体つきになる。服装も、より女性らしいものを好むみたいだ」
サテラが脳裏に過ぎる。
「えっと、じゃあ“星読み”のサテラは元は男だったってことですか……?」
「その通り。あいつ、元は眼鏡をかけたモヤシみたいな男の子だったんだけどね。魔女になったら露出の高い服ばかり着ているんだ。ヒールのある靴も好んでいる」
知りたくなかった情報を知ってしまい、何とも言えない気持ちになってしまった。
魔女になると性別が変わる。
しかも外見の嗜好まで変化する。
だとしたら。
(魔女って、職業というより“変質”では?)
前世の常識とあまりにもかけ離れている。
だが。
「まあ、関係ないか」
私は小さく呟いた。
魔女になるつもりはない。
なら、その先の変化も無関係。
考えるだけ無駄だ。
「本当にそう思うかい?」
リエの声が、すぐに返ってくる。
(思ってます)
「君ほどの資質を持っていて、魔女にならない選択をする方が珍しい」
「珍しくていいですよ」
即答する。
「目立ちたくないので」
「そればかりだね」
くすり、と笑う気配。
「でも――」
少しだけ、声色が変わった。
「その考えは、通用しない」
(来た、意味深発言)
「どういう意味ですか?」
「魔女面談」
一言。
「一年に一度、と聞いているだろう?」
「はい」
「例外もある」
(嫌な予感しかしない)
「興味を持たれた場合、呼ばれる」
静かに告げられる。
「サテラは、君と親しいペトロールに興味を持っている」
(知ってる)
「つまり――」
そこで、リエはわざと間を置いた。
「サテラは政治が好きだ。周囲を巻き込んで動きたがる。ペトロールを取り込む為に、君との面談を取り付けるだろうね」
(ですよね)
もはや驚きもない。
「ここだけの話だが、私はサテラが嫌いだ。そして同様にサテラも私を嫌っている」
「はあ……」
「サテラの思惑通りに物事が運ぶ事は、私の不利益に繋がる。もちろん、君にとっても」
リエからの発言に私は口を噤んだ。
その言葉が何を意味するのか、判断する為の材料すら私にはない。
「サテラは生粋のロリコンだ。男根を失ってもなお、男としての性欲を捨てられないでいる」
「……性的な機能の有無と性欲の有無は関係ないのでは?」
「そうなのね。私には性欲がないから、真偽は分からない。ただ、サテラは己の私欲を満たす為に学院を支配しようとしている。そして、その為なら無垢な存在を喜んで利用するだろうね」
雲行きの怪しい話が飛び出し、嫌悪感に顔が歪む。
「今、サテラは希少な属性や優れた魔女見習いに声をかけて派閥を作ろうとしている。支配力のある者への告発は、魔女ですら難しい。関係のある者ならなおさらね。奴は発言と影響力を増す為にペトロールと相性の良い火属性、そして後ろ盾のない平民をサテラは探している」
学院に集められた魔女候補は、貴族出身の者が多い。私が村に住んでいた時も、魔女候補に選ばれたのは五年前に一人だけだった。名前は忘れたが、それ以外にはいない。
「そして、ペトロールは君に心を開いている以上、サテラも当然ながら君の存在に気づくだろう。ーー備なよ、ラシャ。魔女の敵は魔女しかありえない」
鴉は窓の縁から外へ飛び出す。
そしてあっという間に木々の中へ消えてしまった。
「魔女の敵は魔女しかありえない、か」
リエの言葉を反芻する。
ペトロールのーーペロの無邪気な笑顔と私の手を握ってきた体温を思い出して、己の顔が歪むのを感じた。




