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不明の魔女〜転生平民魔女は密やかに魔法を極めたい〜  作者: 清水薬子
学院にて根暗陰キャは潜む

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7/7

根暗陰キャ、ペロに頼られてしまう

「ラシャちゃん、やっと見つけた!」


 学院の廊下で、ペロに手を掴まれる。

 私はげっそりとした顔を隠しながら振り返り、引き攣った笑みを浮かべた。


「ああ、ペロちゃん、久しぶり……」


 ペロの押しに負けた私は、誠に遺憾ながら三日に一度のペースで彼女に捕まることになった。

 諦めが悪いのか、空き時間の全てを私の捜索に費やすので、見かねた上級生が私の捜索依頼ポスターを学院の壁に貼り出し始めたからだ。

 隠れたままだと余計に目立つと悟り、こうして大人しくペロと関わっている。


「ねえねえ、ラシャちゃん。私の魔法の特訓に付き合ってほしいの!」


 ……珍しい属性の魔法を間近で見れると思えば、損益もトントンになるはずだ。たぶん。



 この世界には魔法の属性がある。

 基本的には火・風・水・光の四つだ。

 もちろん、その他にも存在している。闇と地の属性を持つ魔女はいない、とされている。


 地面というのは様々な物質で長い年月をかけて作り上げている。

 有機物が分解されて化石になったり、特殊な環境で作り出された鉱物だったり、砂や土について語るだけでも豊富な知識が必要となる。

 この世界の科学や歴史は、人が主体であるためなのか、人間が生活を営む前の自然に対する研究がほぼない。

 鉱物などもどこで採れるかばかり注目され、どうやって生み出されたのかまでは調べが進んでいないのだ。なので、地の属性に対する魔法のイメージや研究も未着手な状況なのだ。


 闇は、暗闇に関連する魔法だ。

 人間の体の構造上、完全な闇に適応する事が不可能な為、闇の属性を獲得する事はありえないとされている。


 さて、どうしてこんな話をしたのかというと、私はペトロールの魔法の属性を地だと思っているからである。


 ペトロールの故郷は、魔女の恩恵が乏しい荒野の僻地。冬場では焚き火やなぜか燃える泥で寒さを凌いでいたそうだ。


 王国の気候は、人口の多い村ならば年中安定している。魔女の魔法によって民の暮らしは保証されているのだ。


 つまり、平民は魔女に依存した生活を送っている。

 燃料は料理する分だけあれば良い。

 煉瓦などは火の魔女が用意してくれる。

 なので、科学技術を発達させる理由が乏しい。


 だから魔法に対する知識やイメージもふわっとしている。固定観念に囚われやすい、と言い換えることもできるだろう。


 ペトロールが珍しい属性を獲得したのは、過酷な環境への適応による結果なのではないかと私は睨んでいる。

 ……まあ、本人にはまだ伝えていないが。



 魔法演習場は、学院の奥にひっそりと設けられていた。

 石畳で囲われた広場の中央には、焼け焦げた跡がいくつも残っている。過去に何が起きたのかは、考えるまでもない。


 安全のための結界が何重にも張られているのを感じる。サテラのものとは別系統――恐らく複数人で維持している術式だ。


 その中央に、ペロは立っていた。


「ここなら大丈夫だって! 思いっきりやっていいって言われたの!」

「それ、誰に?」

「サテラ様!」


(まだ手を出されている様子はないか)


 内心でため息をつきつつ、私はペロから数歩距離を取る。


「じゃあ、やってみるね」


 ペロは両手を前に出し、ぎゅっと目を閉じた。


 ――魔力が動く。


 彼女の内側で、圧縮されるように集まり、歪み、そして一気に膨張する。


(やっぱり、この感覚……)


 学院の講義で語られる四大元素のそれとは違う。

 もっと粘ついていて、重くて、そして――“揮発する”。


「……っ!」


 次の瞬間。


 ぶわっ、と空気が歪んだ。


 透明な何かが広がる。

 視覚では捉えづらいが、確かにそこに“ある”。


 そして。

 ツン、とした匂い。


(まだ属性に対しての理解と制御ができてないな、やっぱり)


 私は無言で右手を動かす。

 ーー空気を動かすイメージを込めて。


 魔法で風を発生させる。


 目立たない程度、しかし確実に。

 広がりかけた“それ”を集める。


「え、ラシャちゃん?」

「続けて。今度はゆっくりと」


 ペロは戸惑いながらも、再び魔力を練る。


 今度は、より慎重に。


 ゆっくりと、少しずつ。


 先ほどと同じように“何か”が生成されるが、今度は広がらない。

 ペロが私に問いかける。


「……できた?」

「うん、できてる」


(今度は可燃性のガスか)


 燃料だ。


 液体というより、気体に近い性質。

 空気中に拡散し、僅かな火気で爆発する。


「私の魔法って、やっぱり変だよね?」


 不安そうに、ペロがこちらを見る。


「火でも水でもないし……なんか、よく分かんないし」


 その表情は、あの日の爆発の直後と同じだった。


 期待と、不安と、ほんの少しの恐怖。

 ペロと関わる事は、私の平穏とは真逆な行為だ。

 しかし、サテラという脅威がある以上、ペロに自衛の術を学んでもらわないといけない。


 だから私は、少しだけ考えてから口を開く。


「変、というか……未解明、かな」


「みかいめい?」


「うん。誰もちゃんと知らないだけ」


 私は足元の石を一つ拾い、ペロの魔法が漂う空間に軽く投げた。


 石は、何も起こさずに落ちる。


「今のは“燃える前の状態”」


「え?」

「ペロの魔法は、“燃えるもの”を作ってる」


 ペロは目を丸くした。


「燃える……もの?」

「そう。火そのものじゃなくて、火の材料」


 少しだけ、間を置く。


「だから――火があると、爆発する」

「……っ!」


 ペロの肩がびくりと震えた。

 あの日の記憶が蘇ったのだろう。


「でも逆に言えば」


 私は続ける。


「火がなければ、安全に扱える」

「……ほんとに?」

「ほんと」


 嘘は言っていない。


「じゃあ……どうすればいいの?」


 その問いに、私は少しだけ口角を上げた。


「簡単だよ」


 指をもう一度鳴らす。


「まず、火の気がない場所で魔法を維持する」

「うん……!」

「次に、量を調整する。爆発が怖いなら、ほんの少し。ぎゅっと集めればもっといい。そうすればーー」


 私はペロの目をまっすぐ見た。


「ーー“点火するかどうか”を、自分で決められる」

「……!」


 その瞬間、ペロの顔がぱっと明るくなる。


「それって……私、自分で爆発をコントロールできるってこと!?」

「理屈の上ではね」


(まあ、難易度は最悪だけど)


 口には出さない。


「すごい……! ラシャちゃんすごい!」


 勢いよく手を掴まれ、ぶんぶん振られる。

 年端もいかない子どもに手放しで賞賛されても、不思議なことに全く嬉しくない。それどころか、こう……無知な存在に都合の良い情報だけを教えて利用する詐欺まがいな行為に僅かな罪悪感があった。


「ねえねえ! もっと教えて!」

「……えーと」


 視線を逸らして空を見上げる。

 どこかで、鴉の鳴き声がした。


(……見てるな)


 リエだろう。

 そしてたぶん――


(サテラも、そのうち嗅ぎつける)


 夕暮れ前の一番星が空に輝いている。

 “星読み”の魔法は、調べてもまともな情報にありつけない。やはり希少性の高い属性なのだろう。


 未知の魔法を使うサテラ。


 サテラに関心を向けられているペロ。

 ペロに気に入られている私。


 この組み合わせは、あまりにも“目立つ”。


「……ラシャちゃん?」


 不安そうな声に視線を戻す。

 私は小さく息を吐いた。


「少しだけだよ」

「ほんと!?」

「でも条件がある」

「条件?」


 ペロが首を傾げた。


「人前ではやらないこと」


 ペロはきょとんとした後、元気よく頷いた。


「うん! 約束する!」


(……まあ、守らないだろうけど)


 それでも。


 ほんの少しだけ。


「じゃあ、まずは――」


 私は手を伸ばし、ペロの魔力の流れに触れる。


「ペロの魔法に火をつけてみようか」


 こうして、目立たないように生きたかった私は、よりにもよって面倒事の中心へと近づいていくのだった。

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