根暗陰キャ、トラブルメーカーに懐かれてしまう
爆発の後、床に尻餅をついていた子どもたちが立ち上がり始めた。
気弱そうな子がベソをかいていたが、面倒見良さそうな子に慰められていたりと、混沌としつつも場は冷静さを取り戻し始めていた。
「ふむ、これは珍しい。四大元素以外の属性を見るのは三十年ぶりだ。魔力の量も悪くないーー合格だ」
呆然とする爆発事故の張本人(ガソリンちゃんと呼ぶ)の頭をサテラは馴れ馴れしく撫でた。
「このサテラに名を名乗れ」
「……っ、え……?」
爆発の中心にいた少女は、呆然としたまま顔を上げた。
まだ状況を理解しきれていないのか、目が泳いでいる。
「な、名前……ですか……?」
「ああ。誇るがいい。君は選ばれた」
サテラは当然のように言い切る。
爆発を起こしたにも関わらず、だ。
「ペトロール、です。母さんはペロってよく呼びます」
「なるほど、愛称か。私も君のことをそう呼んでも構わないか?」
ペロと名乗った少女はこくりと頷いた。
サテラは満足そうに、再び彼女の頭を撫でる。
「ではペロよ、君は私の弟子とする。その魔法、極めれば王国一の魔女にだってなれるさ」
ペロは目を輝かせた。
隣で繰り広げられる“成り上がり劇”を、思わず冷めた目で見てしまう。
周囲から注目を浴びる状況、承認欲求は満たされるかもしれないが後から湧くのは妬み嫉みの嫌がらせ。あの輝く目が曇るのは、きっとすぐのことだろう。
(まあ、私には関係ないか)
どうやら危険性よりも威力や希少性が、魔女として優遇されるらしい。ならば、安定した制御とありふれた属性を装う私はサテラ含めた他の魔女の関心を集めない。
(今の私、目立っていない……完璧だあ……!)
悦に浸りながら、ペロとサテラから少しずつ距離を取る。周囲の子どもたちは、羨望の眼差しをペロに向けていたがーー
「なんであんな意味のわかんない属性持ちがちやほやされるんだよ……!」
修羅が如き形相で爪を噛む、気の強そうな男の子。
鮮やかな水色の髪に吊り上がったアイスブルーの目は、ぶつぶつと独り言を呟くせいで側からみると未練を残して死んでしまった幽霊のようだ。
(くわばら、くわばら)
近寄らぬ神に祟りなし。
揉め事から距離を置きましょう。
◆
学院での生活が幕を開けた。
与えられた寮は個室、他の魔女候補と親睦を深めるのも魔法を研鑽するのも良しとされている。
夜ご飯の時間も近く、食堂に向かった先で出会ったのはーー
「あたし、ペトロールっていいます。よかったらペロって呼んでください!」
辿々しく自己紹介をするのは、件のガソリン少女。
「あなた、私の隣にいた子だよね?」
ちゃっかり私の顔を覚えられていた。
ペロはもはや有名人であり、多くの学院に通う者が彼女について噂をしている。そんな人物と関わりを持つなど、もはやリスクでしかない。
ストレスで痙攣する右瞼から意識を逸らしつつ、曖昧に微笑んでおく。
「よ、よく覚えていたね……初めまして、ペトロールさん。私はラシャといいます」
「よろしくねえ!」
問答無用で右手を掴まれ、握手を一方的に交わされる。……どうやら、ペロも私が苦手とする性格のようだ。馴れ馴れしくて目立ちたがり。そして無自覚のトラブルメーカー。
「ラシャちゃんの属性は火だよね。私の属性“燃料”と相性ピッタリ!」
「あはは、そうかもね……」
(火を選んだのは失敗だったな)
火を選んだのは、魔法を使う際に火の危険性を盾に回避できると踏んだから。しかし、ペロの存在によって相性が良いと付き纏われる理由になってしまった。
今更、変更はできないので、危険性を理由に逃げるしかない。
「それに、魔法の制御がすごく上手!」
「そ、そんなことないよ……」
ペロは世辞で誉めているのだろうが、周囲の野次馬はそう思わない。ここで肯定しようが否定しようが、注目を浴びている事に変わりはなかった。
(私の魔法の制御、目立つようなものじゃないはず)
ペロは私の手を掴む。
「だって、私の魔法が発動する前に消して地面に伏せたもの!」
止める間もなく、こう続けた。
「ーーまるで、私の属性が分かってたみたい!」
大きな声で、ペロはそう言った。
事実であるが、語弊もある。
珍しい属性の魔法が広範囲に広がったから、周囲から疑われないために魔法を消し、ガソリンの匂いに気づいたから伏せた。
これらは前世の記憶や目立たない為の立ち回りによって行動した結果であり、ペロに並ぶような注目を浴びるためでも何らかの才能があるわけでもない。
しかし、一躍有名人のペロが手放しに賞賛した。
その出来事に反応する者がいた。
「バカバカしい!」
水色髪にアイスブルーの男の子。
事故の起きたホールでペロを妬んでいたヤバい奴だ。
(性別で寮を分けたりとかしないんだな、この学院)
個室があるとはいえ、当然のように一纏めの寮に押し込む学院の教育方針に疑問を抱きつつも、更なるトラブルの気配に胃酸が込み上げる。
「誰よ、あなた。いきなり失礼じゃない?」
喧嘩腰で対応するペロ。
嫌な予感というものは命中するものだ。
「おっとこれは失礼、可燃物ちゃん。平民のお前はどうやらサテラ様に少し話しかけられたからって調子に乗っているみたいだな」
「なによ、あなた僻んでるの?」
「僻む訳ないだろう!」
謎の少年は、髪を掻き上げて小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「サテラ様はお前に優しくしただけだ。それなのに平民が調子に乗って弟子入りを辞退しないのは厚かましいと思ってね……他のみんなもそうだろう?」
謎の少年の言葉に、肯定する身綺麗な子が多い。
半分は顔を顰めたり、無言でその場を立ち去ったりとしている。
「魔女に身分は関係ないもん!」
ペロが吠える。
正義感に溢れた言動は確かに美徳とされるほどに正しいが、それだけでは社会は回らない。
マウントや虐めや加害欲求に、そんなものは関係ないのだ。
「身の程を弁えろ、平民風情が。父上に言いつけるぞ」
「あんたのパパなんか知らないわ!」
謎の少年はもったいぶったように両手を広げ、やれやれと肩を竦めて首を振る。
「アクアガーデン公爵家ぐらいの名は、平民のお前でも聞いた事があるだろう?」
ペロが黙り込む。
流石の私も、アクアガーデン公爵の名前は知っている。王国の水に関する事業を仕切っている大貴族だ。
アクアガーデンなくして王国なし、とまで謳われている。
「お前の生まれ育った村の水道を止めてもいいんだぜ?」
勝利を確信して、ニタリと笑う御坊ちゃま。
やる事なす事すべてがみみっちいというか、小物感が溢れている。
「またアクアガーデンの奴が揉め事を起こしてるよ……」
「やめろよ、フロスト」
呆れる子たちの中から、紅蓮の髪色をした少年が謎の少年の肩を掴む。
どうやらペロに絡んでいる男の子の名前はフロストというらしい。
「はん、いい子ちゃんぶるのが上手だなフレイム」
フロストは赤髪の少年フレイムの手を払う。
……この世界の命名と髪色は属性に従うのだろうか。
私の髪色はありふれた茶髪、名前の由来は織物らしいが関係ないか。
「興が削がれた。今日はこれぐらいにしてやるが、調子に乗り続けるようなら俺が直々に叩き潰す。精々、隣にいる地味女に倣って賢く立ち回ることだな」
フロストは、何故か私の肩をポンと叩いた。
ペロが反応するより早く、フロストは
「ラシャちゃんは地味じゃないもん!」
あっかんべー、と舌を突き出し下瞼を引っ張るペロ。フレイムに宥められ……
「俺はファイアキーパー伯爵家のフレイムだ。これからよろしく、ペロ、ラシャ」
正義感の強いトラブルメーカー第二号と仲良くする羽目になってしまった。
「同じ火の属性同士、共に上を目指そう!」
「は、はい……」
(貴族と知り合いになったのは面倒だなあ)
思わず遠い目をする私を、窓の外の鴉は興味深そうに眺めていた。




