根暗陰キャ、王都へ行く
馬車は、想像していたよりもずっと快適だった。
揺れは少なく、座席は柔らかい。
いかにも高級品という内装に、思わず落ち着かない気分になる。
(私の場違い感すごい……)
向かいの席に座る女性をちらりと見る。
森で出会った、あの人。
今は何食わぬ顔で本を読んでいるが、その存在感は相変わらず異質だ。
「……そんなに警戒しなくてもいいよ」
視線に気づいたのか、顔を上げずに言われた。
「もう試すような真似はしないよ」
「それはそうですけど……」
思わず口ごもる。
もう何かしないと分かったところで、安心できるわけではない。
むしろ逆だ。
(この人、絶対やばい)
根拠はないが、確信だけはある。
本を読んでいるが、常に私を視界内に捉えている。隙というものがないのだ、目の前の魔女には。
「まあいいや。せっかくだし、少し話しておこうか」
女性はぱたりと本を閉じた。
「まずは自己紹介から。私はリエ。二つ名は“濡羽”。動物を使役する魔法が得意だ。君の名前は?」
「ラシャ、です」
「……そう」
何か言いたげに視線を向けていたリエは、その黒い瞳をふいに逸らした。
「君、魔女制度についてどれくらい知ってる?」
「……鑑定で才能があったら、王都に行く、くらいです」
「ふふ、だいたい合ってる。でも、それだと足りない」
女性は足を組み、楽しそうに語り始める。
「魔女っていうのはね、王国の“管理資源”なんだ」
「……資源?」
「そう。人じゃない。国家の戦力。扱いとしては兵器に近いかな」
(うわあ……)
思っていた以上に物騒な単語が出てきた。
「十歳の鑑定で一定以上の適性があると、王都に呼ばれる。建前は“招待”だけど――」
「実質、強制……ですよね」
「話が早いね」
くすり、と笑う。
全然嬉しくない。
「で、王都に来た子たちは“魔女候補”として育成される。学院でね」
「学院……」
なんだか普通に学校っぽい響きだが、絶対そんな生易しいものじゃない。
「魔力制御、戦闘、精神訓練。まあ色々やるよ」
「精神訓練……?」
「心が壊れないようにするための訓練」
(あ、これダメなやつだ)
本能が警鐘を鳴らす。
「で、最終的に選別される」
女性は指を三本立てた。
「王家直属の“正規魔女”。地方配属の“準魔女”。それから――」
一拍、間を置く。
「失格者」
空気が、少しだけ冷えた気がした。
「失格って……どうなるんですか」
「さあね。少なくとも、“人間”には戻れないかな」
「……」
嫌な汗が滲む。
(絶対なりたくない)
どれも嫌だが、特に最後は論外だ。
「まあ、安心していいよ」
女性は軽く肩をすくめる。
「きっと、君はそのどれにも収まらないから」
「……はい?」
思わず聞き返す。
どれにも収まらない?
それってつまり――
「規格外、ってやつ」
あっさりと言い放たれた。
(いやいやいや)
私は心の中で全力で否定する。
「違います。私は普通です」
「私の紋様を壊して、魔力遮断して、探知から逃げかけた子が?」
「逃げれてないので……」
「そもそも、その歳で魔法を制御できているだけでも珍しい。神童として扱われるかもね」
言葉に詰まる。
客観的に言われると、ちょっと反論しづらい。
「安心しなよ。別に悪いことじゃない」
女性は楽しそうに笑う。
「むしろ貴重だ。だから――」
視線が、まっすぐこちらを射抜く。
「ちゃんと見させてもらうよ」
(最悪だ……)
完全に“監視対象”にされている。
逃げ場がない。
どう考えても、穏やかな未来が見えない。
◆
しばらくして、馬車は小高い丘を越えた。
その先に広がっていたのは――
巨大な城壁。
白亜の塔がいくつも連なる街並み。
その中心にそびえる、王城。
王都。
この国の中心。
(東京より過疎ってるなあ……)
思わず、そんな感想しか出てこない。
人も多い。音も多い。気配も多い。
何もかもが、村とは違う。
「どう? 感想は」
「……人が多いです」
「それだけ?」
「はい……」
本音だった。
正直、それ以上の感想を持つ余裕がない。
ただ一つ、確かなことは――
(絶対、目立ちたくない)
こんな場所で目立ったら、どうなるか分からない。
いや、分かりたくもない。
だから私は、心の中で固く誓う。
目立たない。
関わらない。
評価されない。
そのためなら、いくらでも地味に振る舞ってみせる。
「ふふ」
隣で、女性が小さく笑った。
「魔女にならないっていうその決意、どこまで持つかな」
「……絶対になりませんから、魔女なんて」
即答だった。
これは、譲れない。
どんな状況でも、絶対に。
「いいね。その顔」
女性は満足げに頷く。
「じゃあ、楽しみにしてるよ」
(何をだ……)
嫌な予感しかしない。
だが、もう引き返すことはできない。
こうして私は。
静かに生きるという願いを胸に抱えたまま――
魔女の巣窟へと、足を踏み入れる事になった。




