根暗陰キャは全力で潜む
謎の女性が消えた後。
日が沈みゆく森の中で、私は前髪をかきあげた。
「なんだ、これ。変な紋様がついてる」
額の違和感が消えず、魔法で作った水鏡で確認してみると触られた額には謎の紋様がついていた。
何のためにこんなものを私につけたのか、まったく理由はわからないが目立つのですごく嫌だ。
あまりにも嫌なので、その場で外す事に決めた。
まず触れてみる。
肌に凹凸はなく、触覚に変化はない。
あれこれ唸りながら弄り回して、一つの結論に至った。
どうやら、これは私の魔力を勝手に吸い上げて紋様を光らせているらしい。
違和感の正体もコレが原因だ。
ここまで分かれば、外し方はそこまで難しくない。
供給元を絶てば、紋様は維持できずに消える。
「すう、ふう……」
深呼吸を一つ。
それから、己の体と魔力に意識を向ける。
体を駆け巡る暖かな力“魔力”の流れを堰き止めて、吸い上げようとする力から遠ざける。
数分で、額からパキンと砕ける音がした。
「ふう、消えてよかった」
安堵に胸を撫で下ろす。
額の紋様は綺麗に消え、違和感は失せた。
紫色に変わりつつある空を見上げ、そっとため息。
「もうこんな時間になっちゃった。お家に帰らないと母さんに怒られちゃう」
◆
その夜。
ベッドに横になりながら、私は天井をぼんやりと見つめていた。
(……消えた、よね)
念のため、もう一度額に手を当てる。
違和感はない。
魔力を吸われる感覚も、あの嫌なざわつきも、完全に消えている。
問題は――
(あの人、絶対普通じゃないよね)
あの女性のことだった。
気配も感じさせずに背後を取られたこと。
私の魔法を一目見ただけで評価してきたこと。
そして、あの紋様。
どれを取っても、ただ者ではない。
(……まあ、関わらなければいいだけか)
結論はシンプルだ。
関わらない。近づかない。
これが一番安全だ。
そう、自分に言い聞かせる。
――そのはずだった。
◆
翌朝。
「今日は神殿の日でしょ? 遅れないようにね」
「……うん」
母の言葉に、私は静かに頷いた。
(そうだった……)
十歳の鑑定。魔女への第一歩とされている。
村の子どもなら、誰もが通る通過儀礼。
魔女としての素質があれば、そのまま王都へ招かれることもあるらしい。
本来なら、少し緊張する程度のイベントでしかないはずだが――
(タイミング、悪すぎる……)
昨日のことが頭から離れない。
あの紋様は消した。
だから問題ない……はずだ。
だが、どうにも嫌な予感が拭えない。
なので、すっぽかす事にした。
「梨うめぇ!」
陰に潜みながら、森の果物を食べる。
洋梨っぽいので、勝手に梨と呼んでいるが別の名前があるらしい。ルバラーニ、だったかな。
「こうして洋梨を食べていると、和梨が懐かしくなってくるなあ。あのざらざらした質感とジューシーさが唯一無二で好物なんだよなあ。また食べたい……ん?」
故郷の果物に想いを馳せていると、村の方が何やら騒がしい。
どう見ても、ただ事ではない。
(……なにあれ)
木の陰に身を隠したまま、私はそっと様子を窺う。
村の中央、神殿の前に止まっているのは、見慣れない豪華な馬車。
装飾からして、どう考えても王都のものだ。
周囲には、甲冑を纏った兵士。
それに混じって、ローブ姿の人間もいる。魔女だ。
(いやいやいやいや)
嫌な予感が、確信に変わる。
どう考えても、“鑑定をすっぽかした子ども”を探す規模じゃない。
もっと、こう……重要人物が出た時の動きだ。
「……え、まさか」
嫌な考えが、頭をよぎる。
昨日の紋様。
あの女性。
そして今日の、この異常な騒ぎ。
(……いや、でも消したし)
私は額に手を当てる。
違和感はない。
魔力も吸われていない。
完璧に処理したはずだ。
(だから大丈夫。うん、大丈夫)
自分に言い聞かせる。
そう、あれはもう関係ない。
私はただの、ちょっと森で果物食べてる一般人だ。
――そのはずなのに。
「いたぞ! 森の方だ!」
「そっちを囲め!」
「逃がすな!」
(は???)
一斉に、こちらへ向かってくる気配。
ガサガサと草を踏み分ける音。
複数。しかも迷いがない。
(なんでバレてるの!?)
思考が一瞬でパニックになる。
いやいやいや、意味が分からない。
こっちは普通に隠れてただけなのに。
――いや。
(……違う)
ぞくり、と背筋が冷える。
思い出す。
昨日の、あの女性の言葉。
『なおさら、面白いね』
あの笑い方。
(……あれ、絶対なにか仕込まれてる)
消したと思っていた紋様。
だが、あれが“完全に消えていた”保証なんてどこにもない。
「そっちだ! 反応がある!」
(反応!?)
思わず息を止める。
そんなもの、意識したこともなかった。
だが――
(……見られてる)
直感的に理解する。
これはただの捜索じゃない。
“探知”されている。
魔力以外の、何かだ。
「っ……!」
考えている暇はない。
森の奥へ、全力で駆け出した。
◆
枝を払い、地面を蹴る。
足音を殺す余裕なんてない。
とにかく距離を取ることだけを考える。
(なんで、なんで!)
頭の中で叫びながら、必死に走る。
だが――
「速いな」
「だが、この程度か」
背後から、余裕のある声。
チラリと確認すれば、ローブにハイヒールという格好だが、滑るように追いかけてきている。
(……このままだと追いつかれる)
理解した瞬間、冷や汗が流れる。
身体能力では、勝てない。
相手は魔女だ。
なら――
(魔法、使うしかない……?)
一瞬、逡巡する。
目立ちたくない。
使えば、確実に“普通じゃない”とバレる。
でも、使わなければ捕まる。
(……どっちにしろ終わりじゃん)
半ば投げやりに結論を出す。
なら――まだ可能性がある方を選ぶ。
私は走りながら、意識を内側へ向けた。
魔力の流れを感じ取る。
普段は抑えているそれを、ほんの少しだけ解放する。
「――っ」
足が、軽くなる。
地面を蹴る感覚が変わる。
(なにこれ、速っ……)
自分でも驚くほど、体が前へ出る。
風が頬を打つ。
景色が流れる。
明らかに、さっきまでとは別次元の速度。
「なっ……!?」
背後の声が、動揺に変わる。
(……これなら)
いける。
逃げ切れるかもしれない。
そう思った――次の瞬間。
「――ああ、やっぱり」
目の前に。
いつの間にか。
あの女性が立っていた。
「っ!?」
急停止。
間一髪でぶつかるのを避ける。
代わりに、藪の中に突っ込んだ。
「君、本当に面白いね」
くすくすと笑うその姿に、背筋が凍る。
「紋を壊しただけじゃなく、魔力の流れまで制御して隠れてたのか。それに、魔力を使って身体能力を上昇させた」
「……っ」
全部、バレてる。
「普通の子どもじゃないのは確定だね」
女性は一歩、こちらに近づく。
「さて――」
その瞳が、愉快そうに細められる。
「逃げる? それとも、おとなしく来る?」
(……無理)
直感が告げる。
この人からは、逃げられない。
さっきの速度ですら、意味がなかった。
なら――
「……行きます」
私は、小さく答えた。
これ以上抵抗しても、状況が悪くなるだけだ。
大人しくするフリをして、こっそり逃げよう。
「いい判断だ」
女性は満足げに頷く。
「じゃあ改めて――はじめまして、魔女さん」
(最悪だ……)
心の中で、静かに項垂れる。
こうして私は。
望んでもいないのに――
“魔女”として扱われる事になった。




