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不明の魔女〜転生平民魔女は密やかに魔法を極めたい〜  作者: 清水薬子
学院にて根暗陰キャは潜む

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1/7

根暗陰キャを日向に引き摺り出さないで

 ――目立ちたくない。

 それが、私の人生における最優先事項だった。

 人前に出るのが苦手とか、そういう可愛い理由ではない。


 注目されると、何かを期待される。期待されると、失敗できなくなる。失敗すれば、失望される。

 それが、たまらなく怖いのだ。

 だから私は、前世ではできるだけ人目につかないように生きてきた。


 教室の隅で、誰とも深く関わらず、波風を立てずに日々をやり過ごす。

 ――そうして、気づけば終わっていた。

 特に何かを成し遂げることもなく、ただ静かに。

 それでよかった、とさえ思っていた。

 ……はずだったのに。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 目を開けた瞬間、世界が一変していた。

 まず、視界がやけに低い。

 声を出そうとしても、出てくるのは意味のない泣き声だけ。

 そして何より――体が小さい。


(……あ、これ、転生だ)


 妙に冷静な思考が浮かぶ。

 どうやら私は、異世界に転生したらしい。

 理由は分からない。トラックに轢かれた記憶もなければ、神様に会った覚えもない。ただ、気づいたらこうなっていた。


(……悩んでもしかたないか)


 驚きはしたが、混乱はすぐに収まった。

 前世に強い未練があったわけでもない。

 なら、新しい人生を静かにやり過ごせばいいだけだ。

 ――そう、“静かに”。

 私は心の中で、固く決意する。

(今度こそ、絶対に目立たない)


 ◆


 それから十年。

 私は王国の片隅にある、小さな村で育った。

 特別裕福でもなければ、貧しすぎるわけでもない、ごく普通の平民の家。両親は優しく、干渉しすぎることもない。

 理想的な環境だった。

 目立たず、慎ましく、穏やかに生きるには。

 ……ただ一つ、問題があるとすれば。


(魔法、あるんだよね……この世界)


 火を灯す者、水を操る者、風を呼ぶ者。

 そして、その中でも特に優れた才能を持つ者は“魔女”と呼ばれる。

 王家に仕え、人々を守る存在。

 その名は歴史に刻まれ、永遠に語り継がれる。

 絵本で何度も繰り返し読み聞かせられた内容だ。


(絶対に、なりたくない)


 私は即座に結論を出した。

 目立つどころの話ではない。

 そんなものになった日には、人生が終わる。

 だから私は、魔法に関しても細心の注意を払っていた。

 まず、絶対に人前で使わない。

 次に、練習は人気のない場所で、徹底的に隠れて行う。

 幸いにも、この世界の魔法は“感覚”で扱える部分が大きい。

 誰かに師事しなくても、ある程度は独学で伸ばせる。

 ――つまり、隠れて極めることも可能だ。


 目立ちたくはないが、魔法という玩具を前に遊ぶ事を我慢できるほど、私は大人にはなれなかった。そう、青い子供なのさ。

 今日も、誰も近寄らない夕暮れの森で魔法の特訓を始める。


(……よし)


 私は森の奥で、小さく息を吐いた。

 手のひらに意識を集中させる。

 体の内側を流れる何かを、そっとすくい上げるように。

 すると――

 ぽ、と。

 小さな火が灯った。


(成功!)


 私は満足げに頷く。

 派手さはない。


 水、風、光、不定形の存在“妖精”。

 掌の中で姿形を変え、思いのままに操る。

 確実に制御できている。

 これでいい。いや、これがいい。

 誰にも見られず、誰にも知られず。

 ただ一人で、静かに上達していく。

 それが、私の理想だ。

 ――そのはずだった。


「……へえ、面白いことしてるじゃないか」


 背後から、声がした。

 びくり、と体が跳ねる。

 振り返ると、頭上の木の枝に一人の女性が立っていた。

 長い黒髪に、どこか冷たい印象の瞳。

 年齢は分からないが、ただ者ではない雰囲気を纏っている。片手に持つ杖は、“魔女”にのみ携帯が許された魔道具だ。

 そして何より――


(……気配、全然感じなかった)


 ぞくり、と背筋が冷える。


「独学でそこまで扱えるとはね。君、名前は?」

「え、あ、その……」


 咄嗟のことに思考が止まって、返答に口ごもる。

 まずい。これはまずい。

 最悪のパターンだ。

 隠れていたはずなのに、見つかった。それも、どう見ても魔女に。

 逃げる? 無理だ。

 この距離、この圧。素人でも分かる。勝てない。


「……言いたくないならいいさ」


 女性はくすりと笑った。


「でも、一つだけ教えてあげる」


 彼女は一歩、こちらに近づく。


「その程度の魔力操作で満足しているようじゃ、“魔女”にはなれないよ」


 心臓が跳ねる。

 聞きたくなかった単語を、あっさりと口にされた。


「……なりません」


 反射的に、言い返していた。


「ならない?」


 女性は楽しそうに目を細める。

 ふわりと舞い降りたその人は、少し屈んで私の顔を覗き込んだ。


「そうか。なら――」


 彼女は、私の額に指を当てた。

 一瞬、世界が白く弾ける。


「――なおさら、面白いね」


 視界が戻ったとき、彼女の姿は消えていた。

 残されたのは、ざわつく空気と――


(……今の、なに)


 額に残る、奇妙な感覚だけ。

 嫌な予感がした。

 とても、嫌な予感が。

 ――静かな人生が、終わりを告げるような。

 私はただ、ひっそりと生きていたいだけなのに。

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