根暗陰キャを日向に引き摺り出さないで
――目立ちたくない。
それが、私の人生における最優先事項だった。
人前に出るのが苦手とか、そういう可愛い理由ではない。
注目されると、何かを期待される。期待されると、失敗できなくなる。失敗すれば、失望される。
それが、たまらなく怖いのだ。
だから私は、前世ではできるだけ人目につかないように生きてきた。
教室の隅で、誰とも深く関わらず、波風を立てずに日々をやり過ごす。
――そうして、気づけば終わっていた。
特に何かを成し遂げることもなく、ただ静かに。
それでよかった、とさえ思っていた。
……はずだったのに。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
目を開けた瞬間、世界が一変していた。
まず、視界がやけに低い。
声を出そうとしても、出てくるのは意味のない泣き声だけ。
そして何より――体が小さい。
(……あ、これ、転生だ)
妙に冷静な思考が浮かぶ。
どうやら私は、異世界に転生したらしい。
理由は分からない。トラックに轢かれた記憶もなければ、神様に会った覚えもない。ただ、気づいたらこうなっていた。
(……悩んでもしかたないか)
驚きはしたが、混乱はすぐに収まった。
前世に強い未練があったわけでもない。
なら、新しい人生を静かにやり過ごせばいいだけだ。
――そう、“静かに”。
私は心の中で、固く決意する。
(今度こそ、絶対に目立たない)
◆
それから十年。
私は王国の片隅にある、小さな村で育った。
特別裕福でもなければ、貧しすぎるわけでもない、ごく普通の平民の家。両親は優しく、干渉しすぎることもない。
理想的な環境だった。
目立たず、慎ましく、穏やかに生きるには。
……ただ一つ、問題があるとすれば。
(魔法、あるんだよね……この世界)
火を灯す者、水を操る者、風を呼ぶ者。
そして、その中でも特に優れた才能を持つ者は“魔女”と呼ばれる。
王家に仕え、人々を守る存在。
その名は歴史に刻まれ、永遠に語り継がれる。
絵本で何度も繰り返し読み聞かせられた内容だ。
(絶対に、なりたくない)
私は即座に結論を出した。
目立つどころの話ではない。
そんなものになった日には、人生が終わる。
だから私は、魔法に関しても細心の注意を払っていた。
まず、絶対に人前で使わない。
次に、練習は人気のない場所で、徹底的に隠れて行う。
幸いにも、この世界の魔法は“感覚”で扱える部分が大きい。
誰かに師事しなくても、ある程度は独学で伸ばせる。
――つまり、隠れて極めることも可能だ。
目立ちたくはないが、魔法という玩具を前に遊ぶ事を我慢できるほど、私は大人にはなれなかった。そう、青い子供なのさ。
今日も、誰も近寄らない夕暮れの森で魔法の特訓を始める。
(……よし)
私は森の奥で、小さく息を吐いた。
手のひらに意識を集中させる。
体の内側を流れる何かを、そっとすくい上げるように。
すると――
ぽ、と。
小さな火が灯った。
(成功!)
私は満足げに頷く。
派手さはない。
水、風、光、不定形の存在“妖精”。
掌の中で姿形を変え、思いのままに操る。
確実に制御できている。
これでいい。いや、これがいい。
誰にも見られず、誰にも知られず。
ただ一人で、静かに上達していく。
それが、私の理想だ。
――そのはずだった。
「……へえ、面白いことしてるじゃないか」
背後から、声がした。
びくり、と体が跳ねる。
振り返ると、頭上の木の枝に一人の女性が立っていた。
長い黒髪に、どこか冷たい印象の瞳。
年齢は分からないが、ただ者ではない雰囲気を纏っている。片手に持つ杖は、“魔女”にのみ携帯が許された魔道具だ。
そして何より――
(……気配、全然感じなかった)
ぞくり、と背筋が冷える。
「独学でそこまで扱えるとはね。君、名前は?」
「え、あ、その……」
咄嗟のことに思考が止まって、返答に口ごもる。
まずい。これはまずい。
最悪のパターンだ。
隠れていたはずなのに、見つかった。それも、どう見ても魔女に。
逃げる? 無理だ。
この距離、この圧。素人でも分かる。勝てない。
「……言いたくないならいいさ」
女性はくすりと笑った。
「でも、一つだけ教えてあげる」
彼女は一歩、こちらに近づく。
「その程度の魔力操作で満足しているようじゃ、“魔女”にはなれないよ」
心臓が跳ねる。
聞きたくなかった単語を、あっさりと口にされた。
「……なりません」
反射的に、言い返していた。
「ならない?」
女性は楽しそうに目を細める。
ふわりと舞い降りたその人は、少し屈んで私の顔を覗き込んだ。
「そうか。なら――」
彼女は、私の額に指を当てた。
一瞬、世界が白く弾ける。
「――なおさら、面白いね」
視界が戻ったとき、彼女の姿は消えていた。
残されたのは、ざわつく空気と――
(……今の、なに)
額に残る、奇妙な感覚だけ。
嫌な予感がした。
とても、嫌な予感が。
――静かな人生が、終わりを告げるような。
私はただ、ひっそりと生きていたいだけなのに。




