93 王
それは本能に任せた動きだった。
魔術師に対する危機感か、もしくは嫌悪感。
「っしね!」
俺は植物魔法を使い一瞬で距離を詰めると、背中から木剣を抜いてそいつらを叩き伏せていく。
「〜〜!」「〜〜〜っ!」
何かを口々に叫ぶが、俺にはそれがなんと言っているのか理解できない。
「うるせっ!」
外にいる兵士と違い、訓練も受けていないであろうそいつらはろくに抵抗することもできず、次々と簡単に討ち取られていく。
10秒も経たずにしてそこにいたローブどもを制圧。しかし、気を抜く暇はない。
すぐに俺が破壊した門に反転し、城内に突入してこようとする鎧人間を角柱で吹き飛ばす。
俺の角柱の攻撃範囲の広さにより、鎧人間たちは門という限られたスペースに入り込むのを躊躇する。
――めんどいな。
囲まれるという事態は免れたが、こうやってずっと睨めっこをしているわけにもいかない。
俺は角柱を構えて鎧人間どもを牽制したまま、木の船を操作して門の枠に思い切りぶつけた。大きな出入口となっていた解放された門は、ガラガラと崩れ落ちる外壁によって塞がれ、物理的に中と外を切り離す。
「っふー。これでようやくひと息つけるな」
こちらが優位だったとはいえ、何かひとつの要素で簡単にひっくり返されかねない戦況だった。
ましてや、スライムが側にいないという状況はこの世界に来てから初めてのこと。肩に力が入るのも無理はなかった。
ひとまず、なんとか無事に生き延びることができたことに安堵する。
しかしまだ予断は許さない状況。城の中に巡回の兵士がいてもおかしくはない。もしそうなら、この騒音を聞いて応援を呼び寄せている頃かもしれない。
俺は気を引き締め直し、改めて城内を見渡す。
そこには玄関ホールとでもいうべきか、光沢のある石造りの広い空間があり、左右に道、そして正面にもうひとつ大きな扉が控えている。
床の中央には意匠の凝らされた赤色の絨毯が敷かれており、部屋の隅々には高価そうな調度品がいくつも飾られていた。
「なんか……いかにもお城ですって感じだな」
そんなギラついた空間の中心には、どんとそびえる異様な人型の像がある。
あのローブを着た奴らが囲んでいた物だ。
それは、このホールの中ではどこか浮いた存在だった。
他の調度品はきちんと見栄えを考えて配置されているが、目の前の石像はそういった見え方を考慮した置き方には思えない。それに、絨毯の上に直接置かれていることからも、元からそこにあったものとは思えなかった。
「うーん」
全体的に灰色の、石のような質感をしているのだが……それにはどこか親近感がある。
その人型の像は5メートルはあろうかという大きなもので、ゆったりとした貫頭衣を着た姿をしており、両腕を空に上げていた。
「ん?」
よく見ると、その天高く上げられた腕の先、手がほんのりと光っているように見えた。
俺は急いで宙に浮いて、その手の近くに寄る。
「……なるほどね」
それを見てはっきりした。
その石像の手の先は、じんわりと水色がかっていた。
俺は地面に降りると角柱を振りかぶり、その石像の膝あたりを目掛けて思い切り振り抜く。
野球のスイングのように放たれたそれは石像の脚を容易く砕き、重厚な音を立てて上体が地面に叩きつけられた。
「そい! そい!」
と、クワで畑でも耕すかのように倒れた石像に角柱を振り下ろし、粉々に砕いていく。
「……やっぱりそうか」
すると、今までモヤがかかったかのような重さのあった植物魔法が急にクリアになり、いつもどおり手足のように動かせる状態に回復した。
「これでスライムの方も安心かな」
おそらくこの石像が魔力を奪う装置になっていたのだろう。
この黒ずんだ灰色も、手の先に見られた淡い水色も、魔石や魔力結晶に見られる特徴と全く同じだった。
魔力を失って黒ずんだ魔石をスライム領のため池に沈めておくと、魔石は湧水から与えられる魔力を吸収してまた水色に輝きを取り戻す。
つまり、魔石には元々魔力を吸収する能力が備わっていたということだ。
どうやったのかは見当もつかないが、あのローブを着た奴らが魔法でアシストし、その吸収能力を広範囲化していたのだろう。
「すげーな」
人族には人族の強さがある。
現にこうして、魔力の扱いに関しては俺らより何歩も先を行っている。
しかし、それでも俺らは負けるわけにはいかないのだ。
外はがやがやと騒がしいが、それとは対照的に、ホールはしんと静まり返っている。
――さてこの城、どうしてやろうか。
と、考えていると、奥にある厳重な両開きの扉から人族がひょっこりと顔を覗かせているのが見えた。
「なんだ?」
そいつは俺と目が合うと慌てて顔をひっこめ、バタリと扉を閉めてしまった。
兵士でもなさそうだし、王城にいるってことはそれなりに身分の高い奴なんだろうな。
俺は思わずニヤリと笑う。
すぐにその重厚な扉まで飛んでいき、角柱を突き刺すようにして扉を破壊。
木の船と角柱を玄関ホールに置いて、いかにも重要そうな部屋へと無遠慮に足を踏み入れる。
そこには、見るからに高そうな衣服を身に纏った身なりの整った奴らが机を中心にして集まっていた。
「〜〜〜っ!」
すると、俺の”非道”でも見ていたのか、ひとりの男が悲鳴をあげて部屋の奥へ逃げ込もうとする。
――抜け道でもあんのかな。
と、呑気にそんなことを考えながら、その逃げる男に木剣を投げつけた。
『ひっ』……と、息を呑む声がそこかしこから聞こえてくる。
一瞬にして、その広い部屋に緊迫した空気が充満する。
俺が投げた木剣はその男の後頭部に突き刺さり、そのまま奥の壁まで貫通して、その死体を磔にした。
「動いたらまずいってことはわかってくれたみたいだな」
やはり教育を受けた人族らしく、そこらの騒ぎ立てるだけの馬鹿とは違うようだ。
俺はそのまま、誰もが身じろぎひとつしない部屋の中をカツカツと足音を鳴らして進んでいく。
部屋の真ん中には大きな机があり、大量の羊皮紙が散乱している。
それをひとつ手に取って見てみるが、当然何が書いてあるのかわからない。
その散乱した羊皮紙の隙間から見えるのは、おそらくここらあたりの地図だろう。
――羊皮紙はいらないけど、この地図はちょっと欲しいかも。
俺は羊皮紙をぽいと投げ、部屋の奥へと歩みを進める。
ここにいる奴らは全員高貴な身分なのだろうに、最奥にいるただひとりを除いて全員が起立しており、椅子すら用意されていない。
普通はありえないだろう。
それは、それだけこの部屋で慌ただしく、かつ流動的に会議が行われていたということの証だった。
「ははは」
ピリッとした空間に、俺の笑い声が響く。
これは、愉快としかいいようがない。
俺たちがあちこち飛び回って進めてきた作戦を、こいつらはしっかりと受け止めて、こうして必死に対策まで考えてくれていたのだ。
なぜだかは自分でもわからないが、それはとても気分がいいことだった。
まぁ、わからないのも当然か。ひとつの国を襲う作戦なんて実行はおろか、考えることすら普通はしないだろう。
「人族も捨てたもんじゃないかもしれないな」
そのまま、高座に座るひとりの男に近づいていく。
そいつの目の前にまでくると、緊張感に取って代わり、悲壮感のようなものが場を支配する。
ありもしない怨嗟や悲鳴まで聞こえてくるような気さえしてくる。
「〜〜〜〜〜っ!」
目の前の王座に座る男ではない。後ろから、ひとりの男が俺に掴み掛かろうと王座への階段を登ってきた。
俺はそいつの肩口に木盾を突き刺すようにして殴りつける。
それはあまりにも簡単に、その男の腕を吹き飛ばした。
肩口から血を流して気を失う男に、そいつも貴族なのであろう、ひとりの女が駆け寄って体を引きずり、俺から離そうとする。
それがきっかけとなり、机の側に並んでいた貴族たちが一斉に動き出した。
――さすがにもう、耐えられなかったか。
逃げて行くこいつらは見逃してやる。生き残って今回の事件を後世に伝える仕事が残っているからな。
俺から逃げるようにして外に出たら、町が巨大なスライムたちに襲われている光景を目の当たりにするのだ。それはさぞ絶望的でショッキングな出来事だろう。
「さて……」
俺は改めて、この国の王であろう男に向き直る。
そいつは眉間に皺を寄せ、じっと俺の目を見ていた。
――人族は決して愚か者ではない。だから、もう間違いは犯さないでくれ。
そう願いを込めて。
「〜〜〜っ!」
そいつの顔面に、木盾を叩き込んだ。
ボグッと鈍い音がして、椅子ごと後ろに吹き飛ぶ。
「……ふぅ」
ポタポタと、振り下ろすように殴りつけた木盾から赤い液体が垂れる。
「これで、終わりだな」
誰もいなくなった部屋で、そうひとりごちる。
達成感はなかった。後悔もないし、嬉しさも悲しさもない。
ただ、肩の荷がすっかり下りたような、じわりと体に染みる安堵だけがあった。
「……帰ろう」
俺の愛する、スライムたちの元へ。




