89 決戦前夜
「っぶねぇ〜!」
高速で木の船を乗り回し、俺は急いで野営地に船を降ろす。
俺は王都近くの森を切り開いて即席の野営地を設けた後、約6000匹のスライムを運ぶために、スライム領とここを何度も往復することになった。
木の船1隻では到底間に合わず、船の下に大きなゴンドラを吊り下げて搭乗可能数を増やし、さらにそれをもう1セット作って2隻の同時操作による飛行までやってなんとかというところだった。
「ほんっと、ギリギリだったな」
スライムの輸送が終わり、最後にいくつかの物品を野営地に運び込む頃には夕陽が半分ほど隠れ、空はすでに薄暗くなり始めていた。
あと1時間でも進行が遅れていれば、真っ暗な空の中立ち往生していたことだろう。
最後の戦いを前に、そんなやらかしはさすがに笑えない。
まぁ、それでもこうしてスライムたちと王都側まで潜入できたのだからいいだろう。
俺は頭を切り替えて、船から運んできたものを確認していく。
まずは大きな魔力結晶が3つ。
これらは全て、各辺を覆うように木製のフレームが装着されている。
こうすることによって数百キロはありそうな魔力の塊も、植物魔法で動かすことができるようになっている。
これがなければ俺の力じゃ魔力結晶を動かすことなんてできないからな。
そう考えると、風魔法を使えるとはいえこれを飛んで運んできた鳥人間たちはさすがだ。
この作戦が終わったら、とうもろこしの増産を考えてあげよう。
そして次に、俺が町を破壊して回る時に愛用していた、丸太のように長くて太い六角形の角柱だ。
魔王から貰った巨大な木を削り出して作ったもので、その強度は折り紙つき。
町を守る強固な外壁も、その中に建てられた木造の家屋も、そして鎧を着た人間も……様々なものをしばき倒してきたこの角柱だが、その表面にはひとつの傷すら入っていない。
植物魔法がもつ法外な力一辺倒で戦う俺には、まさにうってつけのものだ。
これをくれた魔王にも感謝しないとな。あれ以来一度も会ってないけど元気してるのだろうか。かなり高齢に見えたし、まさかなんてことないよな?
と、そんな不謹慎なことを考えながら、次々に船から物を取り出していく。
念の為多めに持ってきた携行食料と水。家で使っていた枯れたツタを纏めた枕。マンゴーの種が入った袋に、松明を何本か。それに領で乾燥させている薪など、細々とした物が多数。
この地域の特徴として、夕方になるとスコールが降るというのがあり、木材の乾燥には苦心をさせられていたのだが、最近になってそのスコールがパタリと降らなくなってしまった。
おそらく以前までは雨季で、今は乾季に入ったのだろう。
それは喜ばしいことでもあるが、一方で新たな問題を起こすことでもあった。
特にスライム領の魂ともいえる、苔の生育に支障が出ているのは大きな問題だ。
苔がなければ、スライムたちがモニモニできないからな。
魔力の供給が増え、魔石や魔力結晶からの吸収が多くなったとはいえ、やはりスライムといえば苔モニモニである。
現在、苔の一部が茶色くなっているくらい深刻な問題になっているので、これも今回の作戦が終わり、領地改革をする時に一緒に解決するつもりだ。
単純にスライムが増えた分拡張もしなければならないし、結構大きな工事になるかもしれないな。
ちなみに、苔の葉先が茶色くなったからといって、枯れてしまっているとは限らない。
不思議なもので、その状態からでもしっかり環境を整えてやれば、苔はまた復活し、深い味わいのある緑色を取り戻す。
なんでも、宇宙空間ですら数ヶ月生き延びたという話があるくらい、苔の生命力はすごいのだ。
繁殖力も高く、まさに植物界のスライムといえるだろう。
と、思わず苔語りをしてしまうくらい、スライム領にとって苔は象徴的なものだ。
大事に育てていかなきゃな。
後の荷物としては、余ったスペースに積み込んだ獣脂を染み込ませた丸太で最後だ。
これは、以前トレビュシェットの弾として使っていたものだ。現地でトレビュシェット本体を作ることも一応考えはしたが、ああいう組み立て式のものは、植物魔法を使ったとしても運ぶのが大変という難点がある。
それに今回は遠距離攻撃に関しては俺が担当する予定なので、わざわざスライム用にトレビュシェットを用意するメリットは薄い。
スライムには人間の群れに突っ込んでいって、そいつらを絶望させて欲しい。
――そうだ。
遠距離攻撃を担当するにあたって、ひとつやっておかなければならないことがあった。
俺は焚き火を焚いて野営の準備をしつつ、夜が深まるのを待った。
ちなみに焚き火による光だが、この距離では流石に王都から目視されることはない。近いとはいっても数十キロは離れているからな。
やつらとしては緊急時だし、こんなところまで警邏を巡回させている可能性もゼロではないが、前も言った通り、バレたからといっていまさら人間側にできることは少ない。
もちろん積極的に見つかるようなことはしないが、精神的には俺らはどっしりと構えていていいのだ。
そうして、完全に日が沈み辺りが暗くなると、ひとつの革袋を手に取る。
今回は種を蒔くだけなので船はいいだろう。
アームガードに植物魔法をかけ、人間が支配する土地の空を飛んでいく。
もちろんひとりではない。スライム3匹にも付いてきてもらっている。そいつらは今、俺の背中にぺったりと張り付いていた。
怪しく光る月明かりを頼りにし、そのままスルスルと空を飛んでいく。
こんな時間に拠点を離れて活動することはほとんどないので、なんだか少しドキドキする。
まるで、初めて夜中に外出をした時のような、緊張と高揚感。
それはなんともむず痒い感覚だった。
しかしそんな旅も長くは続かない。しばらく空を飛んでいると、湖畔に反射する月光に照らされて、王都の影がぼうっと浮かび上がってきた。
それに、王都の外であろう平原部には、幾つもの赤い光が点々と灯っている。おそらく他の町から逃げてきた奴らが町から溢れ、野宿でもしているのだろう。
「にしてもすっごい数だな」
自分で仕向けたこととはいえ、その規模には驚かされる。
王都を囲むように、かなりの広範囲に渡ってその赤い点は広がっていた。
「何万人くらいの人間が集まってるんだろうな。のたれ死んだ奴もそれなりにいるだろうけど……10万人とかいたりするのかな」
正直、桁が多すぎてよくわからない。
もし10万人だったら、東京ドームの収容人数が4万とか5万とかなので、その倍ということになる。
「……」
少しだけ、その人間が灯した赤い光の海原を見ていた。
自分のやってきたことに後悔はない。選択を間違えたとも思わない。
もしこの世界に転移してきた日に戻ったとしても、俺は同じ道を歩むだろう。
……俺はその光から目を逸らし、地面スレスレまで降りて低空飛行をする。
その人間たちにかなり近づいたところまで高速で飛んでいき、革の袋の口を開いてばっと中身を放る。
それは、たくさんのマンゴーの種だった。
急転直下。宙を舞うそれに植物魔法を使い、ドサドサと地面に突き刺す。
――大きくなりますように! あ、実はつけなくていいぞ!
俺はぶっきらぼうにそうイメージし、地面の種に魔法をかける。
その時、物音に気がついたのか、俺の影が見えたのか、少し離れたところにいる人間たちがざわざわと騒ぎ始めた。
「黄スラ、この種を上手く隠してくれ」
そう小さく伝えると、背中に張り付いている黄スライムが、ぐっと体に力を込める。
……よく見えないけど、きっと大丈夫だろう。
「さんきゅ」
俺はそう言い残すと、さっと踵を返してその場から逃げるように飛び立つ。
風を切って空を飛び、ぐんぐんと王都から離れていく。
しかし、だいぶ離れたところでふと停止し、王都の方を振り返った。
そこには、さきほどと変わらない王都の影と、無数の赤い光。
それは、俺が明日破壊する人間の文明だった。
何も言わず急に止まった俺の様子が気になったのか、背中に張り付いていたスライムたちがムニムニと移動して、俺の正面のほうにやってきた。
「ん」
……器用なやつらだ。
俺はそいつらを撫で、ぷにぷにと揉みしだく。
「……じゃあな!」
俺が発した大声は夜空に響き渡り、すぐに消えていった。
王都に向かって告げられたその言葉を最後に、またスライムたちの待つ野営地へと飛んでいく。
その別れの挨拶は、この世界の人族に向けた言葉なのか。向こうの世界で人間として生きてきた自分との決別なのか。
それとも、その両方なのか。……わからなかった。
いや、もはやあいつらが人族だとか、俺の種族が人間だとか、そんなことはどうでもよかった。
俺はスライム領の長として、俺たちの敵となるものを打ち倒すだけ。
それが、この世界で生きるということだ。
人族だとか、魔物だとか、全く、一分も関係がない。
これから先、たとえどんな奴らが俺らの道を邪魔してこようとも、
俺は、スライムたちと――
「敵対種族をボコボコにする!」




