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スライム領の領主になって敵対種族をボコボコにする  作者: 新北部


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87 閑話⑫


 クァナック王国の王城内にある、荘厳で華美に飾られた謁見えっけんの間。


 いつもは高貴な者を迎えるため、静謐せいひつさのあるおごそかな空気で満たされるその空間が、今では頻繁に人が出入りする慌ただしい作戦司令部になっていた。


 本来謁見の間がこのようなぞんざいな扱いをされることはあり得ないのだが、外部との細やかな連絡や、出入りする人間の動線などを最適化していった結果、自然とこの場所が会議の中心の場となっていた。


 王座から数段下がった開けた空間には、その場には不釣り合いな、丈夫ではあるが無骨な大机が4つ繋げて置かれており、その上に大きなクァナック王国の地図と、それを埋め尽くさんとする資料が乱雑に置かれている。


「ティワカから避難してきた者がやってまいりました!」


「……予想通りだな」


「もうクァナックでは面倒見切れんぞ」


「受け入れはいかがしますか」


「ふん、放っておけば他の町から来た奴らを見習って野営でもはじめるだろう」


「今はクァナック王国存亡の危機ですぞ! 平民になど構ってる場合ではありません!」


 謁見の間では、そうやって多くの人間が侃々諤々《かんかんがくがく》の議論を重ねている。


 その様子はとても王国が主導する作戦とは思えない荒々しいものなのだが、それも仕方がない。なにせ他に例を見ない甚大な被害が、あり得ない頻度で次々に報告として上がってくるのだ。


 それはこの世界の常識では考えられないもので、作戦司令部の処理能力をはるかに超えていた。


 王国衛兵の長であるトリポロも連日この謁見の間で意見を交わしているのだが、急増する難民とそれに関する問題の現場にも立場上顔を出さなければならず、今も目の下に濃いくまを作って資料を睨みつけていた。


「トリポロ殿はこの一連の事件についてどう思われますかな」


 そんな時、1人の男がトリポロに近づき声をかけてきた。


 それは今回の作戦に直接関係のある者ではない、このクァナック王国に住む貴族だった。


 トリポロは顔に出すことなく、心の中でやれやれとため息を吐く。


 この手の者はもう何度も相手をしてきた。


 今この謁見の間は下級の兵士すら報告で頻繁に出入りするような状態。この男のように権力者が司令部に勝手に入り込み、トリポロに状況や事態の解説を頼むようなことは多々あった。


 ここではまとまった一つの会議というのはたまにしかなく、あとは各々が情報を整理したり個々人で意見交換をしたりと、誰でもトリポロに話しかけやすい状況だったことも大きな要因だ。


 作戦司令部の警備がざるだという事実も眉をひそめるべき事態だが、トリポロに対して自らの配下のように対応を求めてくる貴族や、それに連なる権力者たちの態度も面倒さに拍車をかけていた。


 しかし、そんな感情を持ちながらも、それをおくびにも出さないのがこのトリポロという男だった。


「この国を狙った魔族どもの反乱でしょうな。それも衝動的ではなく、緻密に計画されたものです」


「……なぜそう考えるのだ?」


「今まで襲撃された町村を結ぶと、全てがこのクァナックへと繋がります。それも外側からじわじわと、嫌味なほど丁寧に……。その動きからは、まるで人間を1人も逃したくないかのような意志を感じます。衝動的な襲撃ではありえないでしょう」


「そ、そうか。大丈夫なのか? クァナックは」


「防衛に関する会議も進めております」


 狼狽する貴族に対し、そうきっぱりと言い切るトリポロのところに、別の貴族がふらりと現れて話しかけてきた。


「ちょっといいか」


 トリポロは『またか』と思いかけたが、そいつの顔を見て改める。


「おや、テモノノク殿。どうしました?」


 そこにいたのは、今回の襲撃事件に関して王に早急な対応を進言した北方の貴族だった。今となっては、その判断が正しいものであったと次々飛んで入ってくる報告が証明している。


「いやな、貴殿の話を聞いておきたいと思ってたんだ。魔族の反乱だと言っていたが、今回の件にセノーテ共和国の影がちらついていることに関してはどう考えている」


「あくまで推測ですが、魔族側の計略でしょうな。今回の魔族の動きとしては、明らかにこちらの地理を理解した動きになっており、たしかにそこには人為的なものを感じます」


「ふむ」


「しかし、奴らが襲った町をのちに偵察隊に調べさせたところ、それは跡形もないほどに破壊し尽くされていたと報がありました。それも、全ての町村でです。これではセノーテがクァナックを侵略ができたとしても旨みがないでしょう」


「その点については俺も同感だな」


「それに、例の白いローブを着た人間がセノーテ硬貨と共に配っていたという干し肉についてもひとつ。様々な種類の魔物の肉が使われていたようですが、その中にはコヨトルのものがありました。コヨトルはセノーテ周辺には生息しておらず、その干し肉もクァナック周辺で生産されたものだと推測しております」


「それでは、この国に魔族を手引きした者がいると?」


「さて……魔族が干し肉をどこで手に入れたのかはわかりません。しかし私は逆に、この件には人間の臭いをさっぱり感じませんな」


「……ほう」


「感じるのは、もっと単純な恨みの感情。人間の村や町を跡形もなく破壊するなど、それ以外に理由を付ける方が難しい。そして執拗とも思える、民のクァナックへの誘導。奴らは快楽的ではなく、明確な意図を持って人間に敵対しています。それは魔族の、人を襲うという習性の延長線上にあるものでしょう」


「……白いローブを着た奴はどうだ?」


「魔族には人型のものもいます。事態に乗じて食料や硬貨を配給するなど、ここまで人間の文化を模倣した魔族というのは初めて聞きますが、この作戦を立案するほどの知能があるのなら、それくらいは可能かと」


「そうか……。確かに今回の件には不可解な点が多かったが、動機が”恨み”ということであれば合点がいくものもある。人間と魔族の歴史を考えればなおさらだ」


 そうして、難しい顔をしてトリポロとテモノノクが話していると、最初にトリポロに話しかけてきた貴族が割って入ってきた。


「その魔族がこの国を狙ってるというのはわかった。しかし先の町での戦いでは魔族相手に領兵どもが軽く蹴散らされたと聞いたぞ。雑兵ぞうひょうならまだしも、よもや王国衛兵が遅れをとることはないだろうな」


 その不躾な言い方にテモノノクも思うものはあったが、たしかに魔族の対処というのは、チティトリで直接魔族を相手にした兵士たちから情報を集めていたテモノノクにとっても気になるところだった。


 2人の視線がトリポロに集まる。


 しかし、今まではっきりと言葉を発していたトリポロは、難しい顔をしたまま考え込むように黙ってしまった。


「き、貴様!」


 と、痺れを切らした貴族がトリポロの肩を掴もうと手を伸ばした時、謁見の間の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。


 トリポロは、『また若手の兵士が慌てて報を上げにでもきたか』と思ったのだが、そちらを見るとどうやら違うらしい。


 そこから現れたのは、落ち着いた略礼服を緩く着こなす女性だった。


 その女性は、ツカツカと中央の机まで歩き、手元にある資料をどさりと置く。


「今クァナックを脅かしている魔族について書かれた文献を見つけたわ。転写したものをここに置いておくから、各自目を通しておいて頂戴」


 それを聞くと、周囲にいた者たちがワッとその資料に群がる。


 今回の魔族に対する情報は、たとえ些細なものでも喉から手が出るほど欲しいものだった。


「ツィアトルか」


 テモノノクが小さく呟く。


 それは、テモノノクと共にチティトリから帰ってきた貴族のうちのひとりであった。


 ツィアトルは謁見の間を見渡し、トリポロを見つけるとそちらに近づいてくる。


「あなたがトリポロでよかったかしら」


「いかにも、私が王護衛兵長のトリポロです」


 そう言うと、トリポロは胸に手を当てて小さく礼をする。


「よかったわ。あなたもこれ、気になるでしょ」


 ツィアトルの手元には、大判の羊皮紙がくるくると巻かれたものがあった。


「魔族について、ですかな」


「ええそうよ。といっても、大昔のものだけどね」


「ぜひ、見せていただこう」


 国防を担うトリポロとしても、今回相手をしなければならない魔族の情報というのは当然欲しいものだった。


 なにせ、その魔族と領兵との戦いについて諜報部からもたらされる報告は、どれもにわかには信じられないものばかりだったからだ。


 ――剣も魔法も効果なく。


 そう聞かされたときのトリポロの心境は推して知るべし。


 国を守る盾として、剣として、その報告は到底受け入れられないものだった。


「ふぅむ……この文献、国王には?」


「まだよ。ここにいると思ったんだけどねぇ」


「なるほど」


「あなたはこれを読んで、どう思ったのかしら」


「ふむ……。このスライムという名の魔物の、魔力の源泉を絶つというのは非常に面白い発想ですな。我々にはもう奴らの住処すみかを特定するような時間は残されてませんので、同じ作戦を取るというのは現実的ではありませんが、魔法ギルドと連携して対策を練れば十分勝ちの目も出てくるかと」


「ふふ、王国衛兵の長であるあなたがそういうのなら心強いわね。ちなみに、魔法ギルドには既に話をつけてるわよ」


「ツィアトル殿……感謝する」


「そうして頂戴。王にもよく口を利いて欲しいわね。私たち、家を潰されそうなのよ」


 そう言うと、ツィアトルはテモノノクの方をちらりと見て肩をすくめた。


 それはこの作戦司令部では珍しい、今回クァナック王国を襲った魔族――スライムの脅威について正しく理解している者同士の会話だった。


 ツィアトルが持ってきたその羊皮紙には、今から数百年以上も前にスライム族を討ったという文献が、魔法で転写されていた。


 過去の同胞たちの残した道が、現在の人族の希望となる。


 謁見の間にいた人間たちはその文献を読み、この戦いに勝機を見出すのであった。

 

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