85 独歩
現在うちの領には、木の玉に小さな脚が4つ生えたアココという魔物が住んでいる。
数か月前のある日、そのアココがうちの領に”とある死体”を連れてやってきた。
それはアココ族の長だったのだと思う。
アココは一度俺と森で出会ったことがあり、そこで俺の植物魔法を食らったからか、見て知ったのか、その魔法を当てにしてきたのだ。
しかし俺には、綺麗な大輪の花から人が生えてきたような姿のその魔物を蘇生させることはできなかった。
植物系の魔物とはいえ、そこには明確な違いはあるらしい。
魔法を使って操作することはできても、植物を急成長させる時のような、理をねじ曲げる現象は起こせなかった。
……その後、アココたちはその大きな花を下から持ち上げ、てとてとと小さい脚を動かして森の中へと帰っていった。
その時の、静かに運命を受け入れたそいつらの姿と、胸から赤黒い血を流した、自分と同じような立場である魔族の長の姿は今も頭の中に残っている。
弱肉強食がこの世の常とはいえ、だからといってそのルールに抗うこともせず、従順なままでいいのだろうか。
その日の出来事は、今俺たちが進めている『人間一掃作戦』を発案するにあたっての原体験となっていた。
戦うだけじゃダメだ。
戦いには終わりがない。それはいつか俺らが負ける日まで延々と続く呪いみたいなものだ。
だから、もっと強烈な”勝ち”を拾いに行かなければならない。
『もう二度とあいつらとは関わりたくない』と思わせる――なんてそんな甘いものではない。
この森にすら近づかない、できるだけ離れたところで生きていくことを自ら選択させる。
そんな、強烈な勝利が必要だった。
それはある意味、人間がスライムに対して行った”湧水の封印”という行為に似ている。
目先の敵ではなく、根本を断つ。
人間という存在をこの森から消すことでようやく、少なくとも人間との闘争は終わりを迎える。
それが、今俺たちが躍起になって励んでいる作戦だった。
そんな人間一掃作戦も、すでに大詰めという段階にまできていた。
ひとつの領都を潰した後、さらにその先にある町も潰し、別の方角からも村や町も潰していき、包囲網を縮めていくように、とある場所に向かって国中の人間どもをじわりじわりと追い込んでいく。
そんなことを繰り返していた結果、俺が潰すべきはそのとある場所を残すだけとなっていた。
その場所とは、おそらくあの人間どもが所属する国の中枢。王都だ。
それが実際にその国の都であるという確証はない。
ただ、今までの町に比べて格段に広く、街並みも洗練されている。さらに湖の中には広い屋敷が何邸も並んでおり、その中心にはこれみよがしにと巨大な城が建っていて、状況証拠的に俺が王都と呼んでいるだけだ。
もしかしたらあれすら地方都市で、実際の王都はもっと南にあるという可能性もある。
だが、それでもいい。
俺らの領からその王都までは途方もなく距離が離れており、そこまで人間を追いやれば俺の目的は十分以上に達成されたといってもいいからだ。
それにその王都は大きな湖の一部に沿うようにして繁栄している。人間の文明と水というのは密接に関係しており、その巨大な湖も人間が生活する上で重要な要素となっているはずだ。
そんな、人間が好みそうな湖に栄える都市を叩き、より南の地に追いやる。
それは俺の作戦を完結させるのにまさにうってつけの場所だった。
「なぁ、俺も連れてけよ!」
「無理です」
そんな大一番の前。
昨日潰した町の人間たちが王都に避難するまで数日はかかるだろう、そのわずかな間の余暇をスライム領でのんびり過ごしていると、どこから聞きつけたのか、コヨトル領の長がやってきて人族の領に俺も連れてけとのたまい始めた。
「なんでだよ! いいじゃねぇか、俺とお前の仲だろ?」
「無理です」
――あの鳥人間だろうな。
最近は領を空ける日が多く、交易の際に俺が直接相手できない可能性があったので、あいつには超簡単に作戦についてさわりだけを説明をしていた。
情報が漏れるとしたらそこしかないので、こいつが直接調べ回ったとかでもない限りは、この面倒な事態を引き起こした原因は鳥人間で確定だろう。
全く、許し難い鳥である。
「この前は不覚を取っちまったけどよ、人族なら俺の相手じゃないぜ?」
「無理です」
……あー、鬱陶しい。
そういえばこいつが俺と戦いたいって鳥人間に頼み込んでいた時も、やたらしつこかったらしいな。
たしかにこれは本人に悪気のない、しんどいタイプのめんどさだ。
こいつらとは交易はしているが、俺たちは基本的に他の領と交流を深めるつもりはない。
独立独歩が前提だ。
それに、そもそもこの作戦に部外者を入れるつもりは一切ない。
これは作戦を考え始めた当初からの理念だ。
これは、俺らスライム領と人族との戦い。
命をかけた勝負に高潔も卑怯もないというのは百も承知だが、だからといって他の種族の力を借りようとは思わない。
それは、この世界に生きる俺らのプライドだった。
さらにいえば、この作戦の肝はスライムという存在の恐ろしさを人間どもに植え付けるというところにある。
ただ人間を殺すだけでいいのであれば、わざわざ町を破壊して人間を王都まで追いやる必要はない。
追い立てて、一箇所に集めて……思いっきり叩きのめす。
俺たちだけの力で、人間の心を完全に折る。
それが目的なのだ。
「ったくよー。お前が人族を追い払ったせいで俺らはすっかり暇になっちまったんだぜ?」
「……知らん」
なるほど、そういうこともあるのか。
おそらく俺が潰したどこかの町がこいつらとやり合ってたんだろうな。
まぁたとえそうだとしても、俺の知ったことではない。
喧嘩したいなら北の山にでも行ってドラゴンとやり合ってくればいい。
「なぁなぁ! 頼むって!」
「えーいうるさい! スラちゃんたちやっておしまい!」
いつまでも付き合ってられるか、この馬鹿!
「うおおおっ!?」
俺の周りで、この熊男を威嚇していたスライムたちが一斉に飛びかかる。
「森に捨ててきなさい。その汚らしい獣を」
そう、まるで劇の悪役かのように指示をすると、スライムたちはノリノリでそいつを絡め取り、人攫いスタイルで担いで運んでいく。
熊男はもごもごと何かを言いたそうにしているが、うちのスライム相手ではさすがに分が悪い。
――アホめ。俺に負けるような奴がスライムに勝てるわけなかろう。
「はぁ、これでやっとゆっくりできるな」
やれやれと嘆息し、俺は植物魔法で作った木製のビーチチェアに横になる。
ため池の側であり、果樹の木陰にもなるこの場所は、目に優しい緑とじゃぶじゃぶ溢れる湧き水の清涼感があり、さらに風までそよそよと流れて心地がいい。
まさに最高のロケーションだ。
俺は湧水で冷やし、花咲カットにしたマンゴーの果肉をひとつピンで刺し口に運ぶ。
「うーん、あまぁ」
とろける果肉と、官能的な甘味。
気分は完全に南国リゾートだった。……行ったことはないけど。
このマンゴーだが、人間の町で発見したものを元にウチで育てたものだ。
他にもいくつか見慣れない植物があったので、いくつか領で育ててみたのだが、このマンゴーが1番の当たりだった。
――なにせマンゴーは……木がでかい!
その分種もかなり大きいので携行性では劣るが、やはり成長後の木が大きいというのは、特に今の俺にとっては好ましい性質だった。
そのため、最近では毎日マンゴー尽くしだ。
この世界にきて色んな南国っぽいフルーツに出会ってきたが、ここにきてとうとう南国フルーツの代表格に出会えるとはな。
今までのは名前のわからないフルーツも多かったが、さすがにマンゴーなら俺でもわかる。
それに単純に好きだ、マンゴー。
ちなみにマンゴーを食べ過ぎるとお腹が緩くなるし、人によっては肌がかぶれることもあるので注意が必要だ。
まぁ俺みたいに特殊な状況でもない限り、マンゴーをそんなにばかばか食べる奴なんてそうそういないだろうけどな。
「はぁーうまかった」
丸々ひとつ平らげる頃には、熊男を森に運んでいたスライムたちもすでに拠点に帰ってきていた。
きちんと”教育”までしてくれたようで、奴が未練がましくまたこちらに戻ってくるなんてこともないようだ。
「さて、十分休憩もしたし、そろそろ動き始めるか」
と思い、体を起こす。
「お」
すると、北の空に大量の、飛行する魔物の群れがこちらに向かって飛んできているのが目に入った。




