83 領都陥落
ガチャガチャガチャガチャ――。
鎧を着た人間が走る。
耳に障るその音も、今では悲愴感漂う効果音でしかない。
鎧を着た動きの鈍い人間は、スライムはおろか、俺からすらも逃れられないのだ。
鎧人間の背中に丸太のような角柱を叩きつける。
たったその一撃で、いくつもの人間が容易く命を落とす。
スライムも逃げていく鎧人間に飛びかかり、どんどんと地面に物言わぬ死体の数を増やしていく。
「これが掃討戦か。さすがにちょっと後味悪いな……」
とはいえここで手を緩めるつもりはない。
こいつらを逃したとて、この先々でまた俺らの前に立ちはだかるのは明白だった。
本人の意思がどうであれ、こいつらの上が俺らに屈することを認めないからだ。
たとえ手心を加えたところで、そのツケはどうせ俺が払わなければならない。ならば、僅かな時間とはいえお互い命をかけて戦った者として、ここで潔く死んでもらう。
「せめて運良く生き延びた奴は、もう兵士なんて辞めてどっか遠くに逃げてくれよ」
逃げる鎧人間を追いかけ回し、角柱を振り回す。それに比例して、兵士たちの数がどんどん減っていく。
ぐしゃりと水っぽい音を立てて飛んでいった兵士が、領都の外壁にぶつかり、ぽとりと地面に落下する。
さっきまで外壁でたむろしていた人間たちは、軽くあしらわれたどころか、追い回される自国の兵士たちを見てとっくの昔に逃げ出していた。
ひとつだけこいつらに幸運な点があったとすれば、俺らと対峙した時に尻込みしていたことだ。
そのおかげで領都と近い距離で戦うことになり、結果としてそこに逃げ込むまでの時間を短縮することができた。
「……ふぅ」
数多の死体を越えて、大きな門の前にまで辿り着く。さすがに領都(と俺が勝手に呼んでいるだけだが)とあって、その門のサイズもかなりのものだ。
最後の鎧人間が跳ね橋を渡ると、その橋はギリギリと鎖で持ち上げられ、バタリと閉じる。
「戦闘は終わりだな」
後はちょいちょいと人間どもの住処を小突いてやれば、反対側から逃げて行ってくれるだろう。
一息つき、いつものように戦いが終わった後の静けさに浸ろうとしたが、どうやら門の向こうではぎゃーぎゃーと騒ぎが起きているらしく、とても静かとはいえない状況だった。
「スラちゃんたちもお疲れ様」
戦う相手がすぐにいなくなってしまい、どこか消化不良感のあるスライムたちがぺちぺちと俺の下に帰ってきた。
「今回の町は壊し甲斐がありそうだからそれで我慢しな」
それを聞いて、スライムたちは体の上の方を少しだけ領都側に傾ける。
……。
思いを巡らせているのだろうか、少しの間ピタッと停止。
その後に、スライムたちはふるふると小さく体を震わせた。
ま、納得してくれたならなによりだ。
「よーし、それじゃあやるぞー」
二度と俺らの住む森にやってこないよう、とびっきりの恐怖を人間たちに植え付ける。
俺は再度、ゆっくりと角柱を振りかぶった。
――安全なとこなんてないんだ。
そう、人間たちに言い聞かせるように、魂に刻み込むように。
「ほい」
そんな軽い掛け声とは裏腹に、固く閉ざされていたはずの門の扉は小気味良い音を立てて砕け散る。
そうして、ようやくやってきた静寂。
門の向こうで騒いでいた奴らはみんな息を止め、”見えるはずのなかった”俺らの姿をその目に映す。
――爆発。
息の詰まるような一瞬の緊張の後、そう形容するのがぴったりな、悲鳴のような騒音がワッと広がった。
「そい、そい」
俺は淡々と門の外枠も破壊する。
その破壊活動に身の危険を覚えたのか、門の側に集まっていた人間どももようやく領都の奥の方に逃げていった。
「はぁ〜、これだから危機感のない奴は困るぜ」
やれやれと、演技がかった台詞を吐く。
森の近くに住んでた奴らはスライムを見ただけでぴゅーと飛んで逃げたというのに、魔物と争う機会が少ないからか、豊かな生活のせいなのか、こいつらはまるで自分が襲われることなどあるはずがないとでも思っているかのような呑気さだった。
「兵士たちがやられたのは見てなかったのか? それとも、見てた奴はもうとっくに都を逃げ出したのかもな」
そっちの方が可能性はありそうだな。
とにかく、これで人の流れができたはずだ。住民たちがどんどん避難していけば、それに釣られて鈍い奴らも身支度を始めるだろう。
あとはそいつらの後ろから、この領都が壊されていく轟音でも聴かせてやれば完璧だ。
「ほらほらーこわいぞー早く逃げなー」
あまり早く破壊を進めてしまうと、間違いなく逃げ遅れた奴らとバッティングしてしまうだろう。
まぁその時はその時で殺すだけだからいいのだが、可能な限り人間どもがちゃんと逃げられるよう音を立てて威嚇する。
それはまるで、ごみ捨て場に寄ってくるカラスを追い払うかのような、そんな行動に思えた。
◆◆◆
山のように積まれた木材がごうごうと燃え、もくもくと黒い煙を上げる。
領都から逃げ、街道を進む奴らにもこれが見えるだろう。
北から吹く風が、そいつらを追い立てるように黒煙を南に広げていた。
人間からすれば異常事態だからな。こんなものでもメンタルには効くだろう。
「にしても、さすがに時間かかったな」
この領都の広さは某有名テーマパークほどあり、広場や大通りもあるが、基本的には詰めて建物が建てられていた。
単純に密度も物量も多く、俺らの破壊に特化した能力があっても町を消滅させるのに時間がかかり、ここまでの移動や準備も含めると、トータルで半日ほど費やしていた。
「せめて、スライムをもっと連れてこれればな」
今連れてきているスライムは60匹だが、スライム領にはもっと大量のスライムたちが待機している。
もしそいつらをここに連れてこられるのなら、作業効率は大幅に上がるだろう。
人間を追い立てる作戦と並行して、スライム領での魔力増強も当然行っている。
人口ならぬスライム口の増加曲線こそ落ち着いてはきているが、日々着々とその数を増やしている。……はずだ。
”はず”というのは、数が多すぎて正直もういちいち数えてられないからだ。
たまーに、『あれ、なんか増えた?』と気づく程度でしか認識できない。
まぁとにかく、こいつを燃やして最後に例の木の枝を植えたら今日の作戦は終わりだ。
日没まではまだ微妙に時間はあるが、さすがに今から別の町や村を襲うほどの余裕はない。
作戦を早く進めたい気持ちもあるが、スライム領でやることもあるし、今日はおとなしく領に帰るべきだろう。
「お、おかえり」
瓦礫などの処理をお願いしていたスライムたちも帰ってきたみたいだ。
みんな、人けのなくなった町で散々好きに暴れ回って満足そうな顔をしており、体にもどこか張りがでていた。
というか、瓦礫を砂にしたりするのに魔法を使ってもらったし、その範囲もかなり広かったので、魔力が減って多少は体が小さくなっててもおかしくはないと思うのだが、どうやらそんな様子もなかった。
――うーん。こんなに喜んでくれるなら、領の方でもなにかアトラクションを考えた方がいいかもな。
なんてことを考えていると、ぞくぞくと……いや、ぞくぞくぞくぞくと、スライムたちが続けて帰ってきた。
「は?」
それは一目瞭然だった。
「なんか増えてる……」
なんかどころではない。めちゃくちゃ増えてる。
――魔力を消費して帰ってきたはずなのに、なぜ?
「整列!」
俺はすぐにスライムたちを整列させ、10匹ごとに区切りをつけさせる。
「……9、10、11、12」
結果は、10匹の列が12本。
来る時はたしかに60匹だった。数え間違いがあると、領に戻る時にちゃんと全員揃っているかわからなくなるのでそこはきちんと確かめている。
それが、今ではちょうど倍。
120匹。
「んん?」
スライム領でもあまりみないような、遠征地でのスライムの急増。
それに俺は首を傾げるのだった。




