82 おさんぽ
「おー、なかなかの数だねぇ」
ぽつぽつと木の生えた草原に、スライム60匹と、俺ひとり。
横には幅10メートルくらいはあるだろう川が流れており、その先に、今まで見た中で最も大きな町がある。
その町を囲む外壁の周りには、町から溢れたであろう多くの人間たちが不安そうにこちらを見ており、そこから少し離れて、はおよそ1000人ほどの鎧を着た兵士たちが列をなして草原に並んでいた。
「一昨日見た町も大きかったけど、この町はそれより大きそうだな」
今まで俺たちは、スライム領から南下して、森に面した小さな村や町を全て潰してきた。
一昨日には、今まで潰したところから避難してきた人間たちが集まる、高い塔のある栄えた町も潰した。
空からだいたいの人間の住処と街道の位置関係は把握できていたので、端の村や町を襲えばそいつらがその塔のある町に流れ着くのは俺の狙い通りだった。
目の前に見える町もかなり大きい町だ。”町”だけだと不便なので、こちらは便宜上領都と呼ぶことにする。
なぜならこの町がこの地域で1番、それこそあの高い塔のあった町より大きく、周辺の街道を辿れば概ねみんなここに辿り着くからだ。
まさに都と呼ぶにふさわしい町だろう。
当然、一昨日破壊した塔のある町にいた人間どもも、俺らから逃げるように南下していき、この領都に逃げ延びているはずだ。
塔の町は今まで潰した村や町より大きいだけあって人口が多く、殺してしまった人間もかなり増えてきていたが、それでもほとんどの人間がこの領都に集まっているだろう。
つまり、俺の計画はすこぶる順調ということだった。
「ま、あれくらいなら問題ないだろ」
この領都には、今までとは違って町を守る兵士がいた。
今までも多少の人間たちによる抵抗はあったが、このような本格的な軍隊とやり合うのはこの作戦中では初めて。
遡れば、前にスライム領で戦った時以来の、訓練された兵士たちとの戦いだった。もしかしたらこいつらも、その戦いの残党なのかもしれない。
本来なら町をスライムたちに襲わせて、俺はお手製の保存食と金貨を配る怪しい奴の役をやるはずだったんだが、さすがにこいつらとの戦いをスライムだけに任せるような無責任な真似はできない。
この町の人間には悪いが、今回は配給はなしだ。
「うっし、行くぞ!」
船に縛り付けて運んできた、一本の長く太い六角の角柱を植物魔法でふよふよと浮かせながら、大きな川の横、50メートルくらいは離れたあたりをスライムたちと進んでいく。
ちなみに船は離れたところにある林に隠してある。
まだ人間の町に直接船で乗りつける気はないからな。やはりこちらの手は段階的に明かしていくのが効果的だろう。
「それにしても、こんな広い草原に、きらきらと輝く川に、いいロケーションだな」
歩きながら、すぅーと大きく深呼吸。
スライム領の荒野とは違い、青々とした草が生える原っぱは開放感があり、どこか爽やかさを感じさせるものだった。
ここでもスライム領と同じように北から南へと風が吹き、それがまた気持ちがいい。
とはいえ、スライムからすればこの下草は視界の邪魔になるだろう。川はあれど、あの魔力の籠った湧き水もない。そう考えると、俺らの帰るべき場所はやはりスライム領なんだな。
そんなことを考えながら、じわじわと領都に近づいていく。
少し進むと、まるでお散歩するかのようにてくてくぺちぺちと進軍する俺らを見てか、鎧を着た人間たちがざわざわとどよめき始めた。
それはどこか、物怖じしているようにも見える。
――俺らの領に攻めてきた時はあんなに元気だったのにねぇ。
怒号を上げて、勇ましく俺らに向かってきたあの日の鎧人間の群れを思い出す。
しかしこれは、俺ら……特にスライムの恐ろしさがここまできちんと広まっているということではないだろうか。
もしそうでないなら、あれだけ数を揃えた人間様が、たかが60匹と1人の魔族如きを相手にあれほど尻込みする理由がない。
もし俺らの情報があいつらにひとつも渡っていなかったら、今頃笑いながら俺らを討伐しにきていたはずだ。
「バカな魔物が殺されにきたぞー、ってね」
だけど残念。今日死ぬのはお前らの方だ。
そうして、自国の兵隊さんたちが惨殺されるのを、外壁の周りにへばりついてる人間たちが目撃する。
そいつらはまた逃げ回り、この先の町で俺らのことを言いふらしてくれるだろう。
それは俺にとって好ましい連鎖だった。
「怖いぞー、スライムは」
そのまま俺らは進み続け、もう鎧人間たちとの距離もだいぶ近くなってきた頃。
今までもじもじとしていたそいつらもようやく吹っ切れたのか、隊長と思しき奴が怒声を上げ、周りの鎧人間たちが一斉にこちらに向かって小走りで進軍してきた。
しかしその様子は、どこからどうみても戦う者としての覇気に欠けていた。
それに、前回の戦闘でその重っ苦しい鎧は無意味、いや、それどころかむしろ動きを阻害して逆効果だとわかったはずなのだが、まだ人間たちには鎧を脱ぐという発想はないらしい。
もしくは、それを身をもって実感した奴はすでにこの世におらず、他の者に伝わっていないのかもしれない。
どのみち、俺らにとっては好都合だ。
ガチャガチャと耳障りな音を立ててこちらへ向かって来る鎧人間に対し、俺は巨木を削り出して作った丸太のように太く長い角柱を、斜め後ろに振りかぶる。
一瞬の間、そのままの姿勢で停止。
……そいつらが、俺の目の前、10メートルほどの距離にまで近づいてきた時だった。
「おりゃ!」
ボウッ、と空気が高速で押しのけられ、人が宙を舞う。
俺の腕の動きに合わせて横薙ぎに振り払われた角柱は、目の前の複数の鎧を一瞬にして鉄屑に変えた。
その鎧に包まれていた人間は……言うまでもない。
「行けーっ!」
俺の後ろに控えていたスライムたちが、よしきた! と言わんばかりに飛び出ていく。
ぴょんぴょんという可愛い擬音からは想像のできない、その小さな体に秘められた力を発揮する。
一度大きくぴょーんと跳ね、着地と同時に体をぎゅっと縮め、ぎゅんぎゅんとエネルギーを溜める。
それを一気に解放すると、行軍の前線を走っていた鎧人間たちの顔にスライムが突き刺さり、本来は頭部を守るために用意された兜ごとベコリと陥没させた。
顔面をかち上げられた鎧人間は、後続を巻き込んで倒れ、隊の足枷となる。
――ナイス!
心の中でスライムを褒めながら、俺はもう一度角柱を振りかぶる。
スライムの体当たりのおかげで進みの緩んだ鎧人間の群れに、追加でもうひと払い。
轟音と共に鎧人間が空を飛び、その一振りで何人もの人間の命が消える。
――よし、先制攻撃としてはひとまずいいだろ。そろそろ周りを警戒しないと。
そう考え、攻撃より戦況の確認に時間を使う。
なにせ相手の数は俺らの10倍以上。下手したら20倍はあろうかという数的な不利があるのだ。
俺らが目の前の敵をどれだけボコボコにしても、横を抜けて回り込まれるのはどうしても避けられない。
結局は以前の戦いの時と同じように、囲まれながらの耐えの戦闘になるだろう。
「……あれ?」
と、思っていたのだが、俺らを囲うであろう両翼の兵士たちがいつまで経ってもやってこない。
しかたがないので、そのまま隊列を押し込むように、スライムと一緒に目の前の敵を蹴散らしていると、そいつらの数がどんどんと減っていった。
それは、戦死した者の数だけで説明のつく減り方ではなかった。
――こいつら、もう逃げるのかよ!?
たった数回角柱を振り回しただけで、鎧人間たちは戦意を喪失していた。
「〜、〜〜〜〜〜!」
目の前にいた鎧人間など、情けない声を上げ、とうとう俺らに背を見せてしまう。
しかしそれは責められる行動ではないのかもしれない。いまや、ほとんどの兵士が町の方に向かって駆け出しており、それに気づくのが遅れた鎧人間たちも、次々に戦線を離れ逃げ始めていた。
「追いかけ回していいぞ! 魔法は禁止!」
ここはスライム領ではない。追撃に不利な森もなければ、俺らが守るべき拠点もないのだ。
いつもはあまり行わない掃討戦に、スライムたちも色めき立つ。
丁度いい。ここらで相手の戦力を削っておこう。




