53.エピローグ 前編
帝国を揺るがした誕生祭の夜から、慌ただしく日々が過ぎていった。
私が『ラピスラズリの杯』を叩き割ったからか、辺境伯領をはじめ各地に出没していた魔物の姿は、跡形もなく消えたということだった。
そして、『ラピスラズリの杯』のかけらたちも、いくら探しても、一つも見つけることはできなかった。
平穏を取り戻した帝国で、ジョセフィーヌ皇后陛下は手始めに、功績のある家門と人物を取り立てた。
わが家は侯爵家から公爵家へ、マリーズの生家クレマン家は伯爵家から侯爵家へと昇格したのだ。
そして、アベル様は侯爵位と皇室騎士団の団長の座を賜り、ルディ様は副団長に、ドット公爵様は皇宮長官に任命された。
お父様は帝国の政治を補佐し、ドット公爵様は皇后と皇太子を補佐することで、貴族たちに権力の分散を示されたのだ。
私はというと――サレット次期公爵として、政務に励む毎日を送っている。
「アベル様が次期公爵になるべきですわ。これでは、私の尻に敷かれていると噂になってしまいます」
「あははっ、本当のことだろう? 僕は喜んで敷かれているのだから、構わないさ。それに――自ら掴んだ力で君の隣に立ちたいのさ」
(そう言われてしまうと、何も言えないじゃない。でも、お父様も嬉しそうだったし、これはこれで良かったのかも……)
――ある日の昼下がり、今日はマリーズと『ブロン』の個室でティータイムを楽しんでいる。
窓の外の日差しがキラキラと輝いて、その光が私の足元まで差し込んできた。
柔らかな温もりを足先に感じながら、上へぐんっと手を伸ばし大きな伸びをした。
「こんなにゆっくり過ごしたのは久しぶりよ……」
「まぁ、ユージェニーったら、はしたないわ」
「マリーズは礼儀に厳しいんだから……。私たちしかいないのよ。少しくらいはいいじゃない」
「ふふっ、そういうところは変わらないわね。それはそうと、アベル様とはちゃんと仲直りしたの?」
「……してない。だって、キャロラインと婚約していたこと……黙っていたのよ」
「正式に決まる前だったのでしょう? それを責めるのは、あまりにもアベル様が気の毒だわ」
私だって分かっている。
ただ、あのキャロラインなのが気に入らない。
「この間のお茶会でも、キャロラインが……自分ならアベル様を家門の当主にしただろうって。そんな肩身の狭い思いはさせないって……言ったのよ! 思い出すだけで、腹が立つわ!」
「ただのやっかみじゃない。あなたたちが幸せなのだから、気にする必要はないわ。それに、あなたといるアベル様はとても幸せそうよ。だから、ちゃんと仲直りしないと、それこそキャロラインの思う壺なんだから」
マリーズに冷静に諭されると、私の頭の湯気は一気にしぼんでしまう。
「こほんっ、マリーズがそこまで言うなら……いいわ、アベル様を許してあげるわ」
私が口を尖らせながらそう言うと、マリーズは声を上げて笑った。
「本当に世話が焼けるわねー」
マリーズはひとしきり笑うと私の顔をしばらく見つめ、思い切ったように口を開いた。
「……ルディ様から聞いたのだけれど……流刑に処されたロベル様と修道院送りのナタリーさん……フィリップおじ様が密かに追放に処されたって」
「ルディ様ったら、お喋りなんだから。そうよ、お父様はロベル様との取引の約束を守ったわ。ナタリーまで、ロベル様に付いて行くとは思わなかったけれど」
「わだかまりがあっても……兄妹なのね。そろそろ、二人が国境を越えた頃かしら」
「ええ。もう……会うこともないでしょうね。ナタリーとは良い友人になれると思ったのに、少し残念だわ」
――お父様がロベル様とナタリーを追放という形で帝国の呪縛から救った日。
実は、二人に最後の挨拶をする機会をお父様が取り計らってくれていた。
「ユージェニー嬢……私が令嬢にした罪は消えませんが、あなたと純粋な恋がしたかったのは本心です」
(ロベル様、ずいぶんやつれられたわ。だけれど……)
「もう、私がロベル様の名を呼ぶことは、二度とないでしょう」
ロベル様はわずかに目を見開き、差し出しかけた手を力なく下ろした。
「ジニー! 私……ううっ……こんな風に罰を逃れてはいけない人間なのに……」
ナタリーは顔を涙でぐしゃぐしゃにして、私に抱きついた。
隣に立つアベル様の肩がピクリと反応したが、私はそのままナタリーを抱き締めた。
「ナタリー、ごめんなさい……あなたとも……」
「私の方こそ、ごめんなさい。もう会えないって……分かっているわ。でも、必ず正しい生き方をしてみせるから……兄さんの性根も叩き直すつもりよ」
「ナタリー……元気でね」
私は寂しいような、清々しいような複雑な気持ちの余韻が消え去るまで、二人が乗り込んだ馬車の後ろをしばらく眺めていた。
「ユージェニー、聞いてるの? ボーっとしちゃって」
マリーズが私の目の前で手をひらひらとさせている。
「聞いてるわよ。寂しいって感傷に浸ってたの!」
「ふうん……私以外の友人は必要ないって、以前は豪語していたのに。でも、新しい友人ならセレナ嬢もいるじゃない」
「そうだったわ! これからも、新しい友人を作るつもりよ」
「楽しそうで、いいわねー」
どこか不満げなマリーズに、なんとなく私はお腹の辺りがむずがゆくなって、突然立ち上がるとマリーズの隣にドサッと腰を下ろした。
「急にどうしたのよ?」
「なんでもないの……でも、大好きって伝えたくなっただけ!」
驚いた表情のマリーズに構わず、腕を絡めた。
そして顔を見合わせると、二人とも可笑しくなってソファの上で転がるように笑い合った。
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