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48.対峙

 大広間に戻ると、皇后陛下への祝辞や贈り物を献上する貴族たちが相変わらず列をなし、すでに献上を終えた高位貴族たちはワインを片手に談笑し、あるいは優雅にダンスへと興じていた。


 皇家も高位貴族との交流に余念がなく、下位貴族の献上の応対はすでに侍従長へと引き継がれている。


 (これまで家格のことなど深く考えたことはなかったけれど……扱いの差とは、こうも露骨なものなのね。だからといって、ロベル様の野心を肯定する気にはなれないわ)


 貴族たちの香水とワインの香りが入り混じり、楽しげな人々のざわめきが楽団の音さえも飲み込んで、大広間を包んでいた。


 いつの間にか、レオン皇帝とジョセフィーヌ皇后陛下はバルコニーとは反対側に位置する玉座に移動し、フロアの貴族たちの様子を見つめていた。


 ◇

 

 祝宴は華やかさを極め、場の熱気が頂点に達した時――レオン皇帝が不意に立ち上がり、よく響く乾いた音で、二度、手を打った。


 ジョセフィーヌ皇后は一瞬体をこわばらせ、誰かを探すように視線を彷徨わせている。


 「皆、落ち着いて聞いてくれ。今宵の祝宴にふさわしくない者が参加していると、そこにいるロベル・ダルボン皇室騎士団副団長が知らせてくれた」


 突然の皇帝の言葉に、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。


 「余は、ロベル副団長の勇気と功績を称えたいと考えているが、その前に招かざる客を断罪せねばならぬ」


 すると、レオン皇帝から合図を送られたロベル副団長は、素早い身のこなしでドット公爵の背後に回り、その腕を容赦なく捻り上げた。


 ロベル副団長の腕に込められた力の強さは、騎士服越しにも伝わってきた。


 「……っ」


 ドット公爵は痛みというより、不愉快極まりないという表情で顔を歪めた。


 「へ、陛下! どういうことですの? ロベル副団長、その手を離しなさい!」


 皇后は取り乱した様子で、大きな声を上げた。


 貴族たちは、帝国の英雄が押さえつけられる光景に、ただ目を見開くしかなかった。


 しかし、『賢帝』と平民から慕われているレオン皇帝の言動を疑うには、あまりにも情報が乏しい。


 そのため、彼らは自らの保身を最優先に、どう動くべきか見極めようと息を潜めているように見えた。


 「皇后が動揺するのも無理はない。しかし、ドット公爵の真の姿を知ってもなお庇おうとするなら――皇后も同罪とみなすことになる」 


 レオン皇帝の声はこれまでの優しく甘い声音ではなく、どこか突き放すような冷たさを含んでいた。


 「なんてことを仰るのです、陛下。公爵がどのような罪を犯したというのですか?」


 ジョセフィーヌ皇后の言葉を待っていたかのように、レオン皇帝は愉快そうな笑みを浮かべる。


 ――「ドット公爵は愚かにも謀反を企んだのだ! そして、その醜い欲望を成し遂げるため……そこにいるユージェニー・サレットと共謀し、サレット家の家宝『ラピスラズリの杯』を使い、魔物の力を得たのだ!」


 「お待ちください、レオン陛下! この国の宰相の娘と英雄を罪人呼ばわりするとは……証拠はあるのですか!」


 「おお、サレット宰相、先ほどまで姿が見えぬようだったが、そこにいたのか。証拠? 皇帝である余が嘘をついているとでも? 宰相の娘は公爵に惚れていたであろう? 娘を溺愛するあまり、悪事に手を貸したことも気づかなかったようだな」


 その言葉に、貴族たちがどよめいた。


 「聞き捨てなりませんね。わが娘ユージェニーは、アベル卿と婚姻を結んだ身。言いがかりにもほどがありますよ、陛下」


 すると、これまでだんまりを決め込んでいた貴族たちは、皇帝と宰相が牽制し合うこの状況を好機と見たのか、口々に思惑をはらんだ囁きを交わし始めた。


 

 「陛下はどういうおつもりなんだ? ドット公爵様の功績を忘れたのでしょうか?」


 「宰相もご存じないだなんて、私はドット公爵様の潔白を信じますわ!」


 「そうですわ、ドット公爵様は皇室騎士団団長ですのよ」


 「まったくです。証拠もなく突然嫌疑をかけられては、恐ろしくてこの国の行く末を案じてしまいますな」


 「まぁ、大きな声では言えませんが、陛下は貴族より平民を大切にしてますからね」



 ――貴族たちの無責任な言葉が、私の耳にまで聞こえてきた。

 

 (ジョセフを庇っても、私を庇う人は一人もいないだなんて……滑稽ね。でも、思った通り――レオン陛下よりジョセフを擁護する声が大きいわね)


 レオン陛下は悠々と顎に手を添え、言いたい放題の貴族たちを、嘲るような眼差しでゆっくりと見渡した。


 それに気づいた貴族たちは、たちまちバツが悪そうに口元を扇子で覆ったり、視線を伏せたり……先ほどまでの勢いは急に尻すぼんでしまった。


 (貴族どもめ。平民であろうが貴族であろうが、余にとっては同じこと。私腹を肥やすことしか頭にない連中より、余を崇める平民の方がよほど使い道がある。平民に使う金など貴族に与える金に比べれば、安上がりというものよ。そんなことすら理解できぬとは……実に滑稽だ、ハハハッ)


 「陛下! あんまりですわ! 私にはアベル様という夫があるというのに……不貞の上に謀反だなんて……嗚呼……」


  私は大げさに床に崩れ落ち、大粒の涙をぽろぽろと流した。


 「ユージェニー嬢よ。そなたがドット公爵に唆され、あるいは……騙されて悪事に手を貸したとしても、許すわけにはいかないのだ」


 「そんな……陛下……ドット公爵様が魔物だなんて、誰が信じられましょうか……。私も信じられません!」


 レオン皇帝は玉座からゆるやかに歩み出ると、会場の視線を一身に集めながらドット公爵の前へと進んだ。


 「皆のもの、余はいたずらに不安を煽り、断罪しているのではない。宰相よ、証拠と言ったな。ならば、その目で確かめるがよい」


 すると、レオン皇帝はロベル副団長が腰に帯刀している剣を掴み、鞘から勢いよく抜いた。


 会場からは女性たちの空気を裂くような鋭い悲鳴があがり、私たちを避けるように貴族たちは一斉に後ずさった。


 「陛下! おやめください……! どうか……ドット公爵に……ジョセフに手を出さないで……!」


 悲痛な叫び声をあげたのは、私ではなくジョセフィーヌ皇后だった。


 レオン皇帝は、玉座から駆け寄ろうとした皇后よりも速く剣を持つ手を大きく振り上げた。


 「皆のもの、よく見るがいい! 魔物に魂を売ったドット公爵の姿を!」


 ――レオン皇帝の瞳には、誰にも悟られぬ狂気が宿っていた。


 その胸中では、祝宴前にロベル副団長から聞いた報告が何度も反芻されている。


 (命の危機が迫ると魔物の姿になるとは……ハハハッ。出自が卑しいと、神から与えられるものも醜いということか。長年、余を欺いた罰だ……ドット前公爵。そして――ジョセフィーヌよ)


 ロベル副団長の言葉を信じて疑わないレオン皇帝の剣は、真っ直ぐドット公爵に振り下ろされた。


 その瞬間。


 ロベル副団長の手が少し緩んだ隙にドット公爵は手を振り解き、胸元に隠してあった短剣で受け止めた……が、短剣は甲高い音を立てて弾かれ、勢いを失った剣がドット公爵の腕をかすめた。


 「うっ……」


 飛び散った血に驚いた貴婦人たちの悲鳴が、あちこちから聞こえた。


 紳士たちは顔を真っ青にさせながらも、ドット公爵を凝視している。


 お父様が静かに、しかし怒りに満ちた声で言い放った。


 「陛下、魔物はどこにいるのでしょう? 私の目には、これまでの功績を貶められたドット公爵様のお姿しか映っておりませんが……」


 にわかに周囲が騒がしくなった。


 お父様の毅然とした態度、そしてジョセフィーヌ皇后の揺るぎない眼差しに後押しされたのか、貴族たちは次々と不満や抗議の声を上げ始めたのだ。


 「なぜだ? なぜ、ドット公爵が魔物の姿にならないのだ! ロベル……お前……」


 レオン皇帝がロベル副団長に掴みかかろうとした、その時――ひとりの女性の張りつめた声が響き渡った。


 「お兄様! もうこれ以上……悪事に手を貸すのはおやめください! もう、黙っていることはできません! お兄様は……ロベル副団長は、皇帝陛下の密命を受け、娼館の運営を任されていたのです! そして……その娼館の地下では、違法な魔物の取引が行われていました! すべては――陛下の“闇の資金”を集めるためにです!」

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