表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/49

46.祝宴の陰

 馬車は衛兵の立つ門をくぐると、両側に木立ちの並ぶ道を皇宮まで真っ直ぐに進む。


 馬の蹄の音が小気味よく私の耳に届いていた。


 ――しばらくして、蹄の音がピタリと止まった。


 「お父様……」


 「いよいよだな。ユージェニー、無理はするな」


 私が言葉を発する前に、御者が馬車の扉を開けた。


 そよぐ風と共に、甘いムスクの香りが鼻先をかすめる。


 (……ジョセフね)


 ゆっくり視線を扉の外に向けると、ジョセフ・ドット公爵が柔らかな表情を浮かべ、エスコートの手を差し伸べていた。


 「お父様、それではまた後ほど。ドット公爵様、こうして迎えに来てくださるなんて、光栄ですわ」


 周囲の貴族たちに聞こえるように、私はわざと大きな声で言った。


 「ユージェニー嬢、今日はまた一段と美しい。私が贈ったそのイヤリングもとても似合っているぞ」


 ジョセフの言葉にポッと頰を染め、はにかみながら私はエスコートの手を取った。


 (アベル様……)


 「今は他の男のことを考えるな。今日のパートナーは私なのだからな」


 (我慢、我慢よ……)


 私は奥歯をぎりりと噛み締め、黙ったまま形だけの笑顔を返した。


 ――「まぁ、ご覧になって。サレット侯爵令嬢とドット公爵様ですわよ。本当に……アベル様がお気の毒ですわ」


 控えめだがハッキリと、セレナ・ラージュ男爵令嬢の声が聞こえた。


 「ご自分の旦那様が大怪我を負ったというのに、他の男性と参加なさるなんて……。でも……公爵様はどうしてパートナーを?」


 「ハハハッ、やはり悪女は変わりませんね。隙あらばこれだから女は怖い。アベル卿のケガの責任を盾に、公爵様に無理強いしたのでしょう」


 馬車から会場までの道のりは、ヒソヒソと貴族たちの悪意に満ちた囁きで溢れた。


 (思惑通りだわ。よくやったわ、セレナ。皆が口をむずむずさせながら様子見しているのを、上手く煽ってくれたわね)


 ジョセフは僅かに苛立ちを見せたが、すぐに柔和な笑みを浮かべ、腕に絡めた私の手に手を重ねた。


 

 ――大広間の扉の前に侍従が立っている。


 少し驚いた表情をさっと戻し、神妙な面持ちで扉を開け、私たちの名を告げた。


 「ジョセフ・ドット公爵とユージェニー・サレット侯爵令嬢のご入場です」

 

 皇宮の大広間に足を踏み入れた瞬間、天井から降り注ぐシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に反射して、眩い宝石が敷き詰められたように輝きを放っている。


 (さすがは皇后陛下の誕生日祭だわ)

 

 皇后陛下の象徴色である深紅の絹布が柱を飾り、百合の香りが祝宴の空気に静かな華やぎを添えていた。

 

 相変わらず、扇子の陰からは、祝宴に似つかわしくない囁きがこぼれていたのだけれど……。

 

 「ユージェニー!」


 振り向くと、小さく頬を膨らませたマリーズが足早にやってきた。


 「まったく、失礼な方が多いわね。よくも侯爵令嬢に……サレット宰相の娘なのよ!」


 「くすっ、マリーズがいるだけで心強いわ」


 「本当ですねぇ、くくくっ。マリーズ嬢が隣に立つだけで、他の令嬢たちが俺に近づいてきませんから」


 「ちょっと、ルディ様!」


 今日はルディ様にマリーズのパートナーを務めてもらっているのだ。


 (計画のためだけれど……案外、マリーズとルディ様の相性は良さそうだわ。マリーズが親しい人以外に自分を出すのは珍しいもの)


 社交界でのマリーズは聡明で深窓の令嬢。


 憧れを持つ令息たちも多いのだ。


 「マリーズ、ケビンおじ様は?」


 私は声を落とし尋ねた。


 「安心して、ユージェニー。お父様とフィリップおじ様は予定通り、皇后陛下のお目通しを許されたわ」


 「そう……。上手く説得できればいいのだけれど」


 「ユージェニー嬢、大丈夫だ。私がいる限りな。君たちは、そこに賭けたのだろう?」


 そう言って、ドット公爵は自嘲気味に口元を歪めた。


 ◇


 「皇后陛下、サレット宰相とクレマン伯爵様がお目通りを願い出ております。もう祝宴まで時間ございません。お帰りいただきましょうか?」


 「サレット宰相とケビン兄様が?」


 レオン皇帝の妃であるジョセフィーヌ皇后は、ちらりと時計に目をやった。


 「陛下のご準備は済んでいるのかしら?」


 「いえ、それが……皇帝陛下に何やら急ぎの報告があると、ロベル副団長様がお越しになり、まだお話し中のようです」


 「そう。それなら、お二人をお通ししてちょうだい」


 皇后の部屋に通された二人の表情はどこか硬い。


 (どうやら、何か差し迫った相談のようね)


 「バムア帝国を照らす美しき月、ジョセフィーヌ皇后陛下に、本日の御誕生日を心よりお祝い申し上げます」


 フィリップ・サレットとケビン・クレマンは、それぞれ口上を口にすると深々とお辞儀をした。


 「今は私たちだけですわ。ふふっ、堅苦しい挨拶はなしにしましょう、ケビンお兄様。宰相も楽になさってちょうだい」


 実は、マリーズの父ケビン・クレマンの母が、ジョセフィーヌ皇后の母の従姉にあたり、遠縁ではあるが縁戚関係にある。


 アカデミー時代では2つ年下のジョセフィーヌは、ケビンを兄のように慕っていた。


 そして、自然とケビンの友人であったサレット宰相とレオン皇帝、もう一人……レオン皇帝の弟君、亡きドット前公爵と友好を深めたのだった。

 

 (ドット前公爵様が亡くなられてから……こうして私的に会う機会も少なくなったわね)


 ジョセフィーヌは何かを振り払うように軽く首を振ると、二人に座るように促した。


 「ところで……これから私の祝宴だというのに、どういうわけかしら?」


 ケビン・クレマンはサレット宰相の顔をちらりと見たが、強い意志をたたえた宰相の横顔に小さく溜息をついた。


 「陛下……いや、ジョセフィーヌ、これは臣下としてではなく、あなたを思う()()()として知らせにきたのだよ」


 「ですから、一体何を……」


 「ジョセフィーヌ、君の息子が危ない」


 「なんですって、レオネルが?」


 ケビンはジョセフィーヌの手を取り、優しく重ねた。


 「いいや、違う……」


 ジョセフィーヌはケビンの手を払い除け、キッとサレット宰相を睨んだ。


 「どういうことですの? 宰相、あなた、ケビンお兄様を巻き込んで何を企んでいるの? レオネルを利用するつもりなら……」


 「皇后陛下、あなたは昔から私を警戒し過ぎだ。よく聞いて下さい。ケビンを連れて来たのは、私だけでは信じてもらえないと思ったからです」


 「けれど、レオネルは無事なのでしょう? 宰相は昔から私を揶揄ってばかりでしたわ。だから、今のお話も悪い冗談かと……」


 ジョセフィーヌ皇后は軽く受け流そうとした言葉が喉で止まった。


 ケビンと宰相のこわばったままの表情が、ジョセフィーヌの胸の奥をざわつかせた。


 「いいえ、そんな……嘘だわ。宰相、今さら私を利用するつもりなの?」


 「まさか、そこまで信用がないとは。私が今まで皇后陛下の秘密を利用したことはありましたか?」


 「……ないわ。でも……わたしはあなたを信用していない。自分の娘を使って、あの子を人質にするつもりでしょう?」


 「ジョセフィーヌ、落ち着いて。宰相の娘……ユージェニーは、もうアベル・ブルボン卿と婚姻したじゃないか」


 「それなら、どうして令嬢のエスコートをあの子がしているのかしら? 私が知らないとでも?」


 「ジョセフィーヌ、だから、それは……」


 サレット宰相は静かにケビンの前に手を広げ、言葉を遮った。


 「皇后陛下、よくお聞きください。もう、ずいぶんと前に……25年前の私たちの秘密にレオン陛下は気づいていました。そして、今宵、あなたへの復讐と自分の欲のために、我が娘とあなたの息子を利用しようとしているのです」


感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ