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白銀の花嫁

「……婚約維持、ですの?」


私は、机の上に置かれた羊皮紙の書類を焦点の合わない瞳でぼんやりと見つめていた。

そこには重厚な王家の正式な印章が押され、決定事項が冷徹な文字で刻まれている。




婚約継続。


だが、その四文字の後に続く“条件”こそが今の私の存在意義を何よりも雄弁に物語っていた。


──卒業後、王都西方離宮への移住。

──外部との接触制限、並びに常時監視。

──あらゆる公的夜会への出席の永久禁止。

──宮廷魔導師団による魔力観測の受諾。


「……綺麗な言葉で飾ってありますけれど」

白銀の睫毛を伏せ、自嘲気味に口元を歪める。


「要するに、一生外へは出さないという“隔離”ですわね。表向きは婚約者のまま、日陰で飼い殺しにすると。……賢明な判断ですわ」


学生会室は、底冷えのする静寂に包まれていた。

エレノアは今にも泣き出しそうな顔で拳を握りしめて俯き、ルーカスは何も言わずにただ窓辺で外を眺めていた。


その重苦しい空気の中で、ただ一人。

フレデリックだけが、真っ直ぐに私を射抜いていた。


「違う」

「……何が、違うのです?」

「君を閉じ込めるためじゃない。君を守るために、私が引き取ると言っているんだ。でもこの条件には私も納得していない。どうにかしてみせる」


私は小さく笑った。

笑わずにはいられなかった。

「王位継承権を危うくし、国家の火種を抱え込み、自由を捨ててまで……。私を離宮という名の檻に入れて、何を得ようというのです」




「──君を、生かすためだ」




その言葉に。

私の胸の奥が、嫌になるほど強く、熱く軋んだ。


理解してしまったからだ。

この人が差し出しているのは、かつて夢見たような“陽だまりの愛”などではない。

フレデリックはもう、王族としての“普通の幸福”をとうの昔にかなぐり捨てている。


社交界で華やかに笑う王妃。

穏やかな家庭。

祝福に満ちた未来。


そんな輝かしいすべてを、この人は私一人のために塵芥のように捨てたのだ。

いつ暴走して世界を壊すかもわからない災害を自分の腕の中に一生閉じ込め、その責任をすべて背負い続ける。

地獄へ向かう船の舵を、自ら進んで握っている。


「……貴方、本当に。……本当に、愚かですわね」

「知っている」

「私は……もう二度と、元通りの人間には戻れないのに」

「それでもいい」

「明日の朝、貴方を殺してしまっているかもしれないのに」

「構わない」


「……どうして」

問いかける声が震えた。

フレデリックはゆっくりと、迷いのない足取りで私へ歩み寄る。

そして、私が「決して触れないで」と拒み続けてきた凍てつく白銀の指先へ、躊躇なく触れた。


ジ、と。

肌と肌が触れ合った場所から、皮膚が焼けるような凄惨な音がした。

彼の美しい指先が、私の冷気で瞬く間に赤紫に変色していく。


それでも、彼は離さない。

逃げようとする私の手を、砕かんばかりの強さで、血を通わせるように握りしめる。


「君がどれほど壊れても」

その瞳が、至近距離で私を逃さず捉える。

そこにあるのは献身などという甘い言葉では語れない、狂気に等しい覚悟だった。

「君を、独りにはさせない。君を呪いから救えないというのなら、最果てまで私が付き合う」


私は、何も言えなかった。

喉が詰まり、熱い何かが溢れ出して止まらない。


その愛が。

あまりにも重く。

あまりにも狂っていて。




そして。

「愛されている」と感じて、嬉しかったから。


窓の外では、春を拒むような白い雪が音もなく静かに、二人を閉じ込めるように降り積もっていた。

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