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sideフレデリック

王宮中央塔、第三会議室。

本来ならば国家の根幹を揺るがす予算案や、周辺諸国との外交案件を扱うはずのこの部屋。

そしてこの部屋は今、皮膚を刺すような重苦しい沈黙に支配されていた。


円卓を囲むのは、私の父である国王陛下、宰相、宮廷魔導師団長、騎士団総長、そして枢密院の老臣たち。

卓上には一人の令嬢の人生を無機質な数字と被害状況に置き換えた、分厚い報告書が積み上げられている。


───レティシア・トムソン・イーデン。


かつてその名は王国の誇りとして、あるいは私の最愛の婚約者として、羨望と共に語られていた。

だが今、その名が読み上げられるたびに会議室の空気は目に見えて張り詰めていく。


「……北部演習場一帯の永久凍土化」

「魔物暴走との因果関係、否定できず」

「感情変動による局地的魔力災害、複数箇所の確認」


淡々と事務的に報告を続ける魔導師団長の声には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。


「もはや個人として扱う範疇を超えています。……これは“現象”です」

その一言が、会議室の温度をさらに数度下げた。

人間ではないただの“災害”だと言わんばかりの言葉に、私の奥歯が軋む。


「……封印指定が妥当かと」

沈黙を破り、老貴族の一人が震える声で口を開いた。

「幸い、離宮の地下には旧時代の封魔区画が残っております。あそこならば──」


「馬鹿を申すな!」

騎士団総長が机を叩いて遮る。

「封印などという刺激行為をしてみろ! 万が一封印下で暴走を許せば、王都ごと消し飛ぶぞ!」


「では隔離か?」

「国外追放という案もあるぞ」

「とにかく婚約を破棄し、王家は一切の関わりを断つべきだ。あれほどの危険物を王家に繋ぎ止めておくなど正気の沙汰ではない」




次々に飛び交う、無責任な言葉の刃。


危険物。

災厄。

怪物。


かつてレティシア持ち上げていた連中の口から出る言葉とは思えない。

手のひらを返したような臆病者の罵倒が部屋を満たしていく。




その時だった。


「……イーデン宰相。あなたはどうお考えですか」

国王陛下の静かな問いに、レティシアの父である宰相はしばらくの間深い沈黙に沈んだ。


彼の目の前には、愛娘が引き起こしたとされる凍土化被害の報告書、生々しい暴走記録、そして負傷者名簿。

その全てに、最愛の娘の名が残酷なまでに紐づけられている。


一人の父として見れば、今すぐ席を立ち、レティシアを抱き締めてどこか誰もいない場所へ隠してしまいたいだろう。

その苦渋は、握りしめられた拳を見れば痛いほどに伝わってきた。


だが。

宰相としての彼は、国家の安定という重責を優先せざるを得なかった。


「……王家の判断に従います」

低く、ひび割れた掠れ声だった。


「宰相!」

私は思わず声を荒らげ、椅子を蹴るようにして立ち上がった。

だが彼は私と目を合わせることなく、ただ硬く拳を握り締めたまま続けた。


「……あれはもはや、一人の公爵令嬢ではありません。……国家規模の災害に等しい存在です」

沈黙が落ちる。


だが、書類を押さえる彼の指先だけが、壊れそうなほどに微かに震えていた。

その震えこそが、彼の中に残る父としての最後のリミッターなのだと理解していても、今の私にはそれが許せなかった。




「───黙れ」


低く、鋭い声。

一瞬で全員の視線が、私へと集まった。


私は席を立ったまま、視界に入る全ての人間を凍えるほど静かな眼差しで見渡した。

「……随分と好き勝手に、私の婚約者の処遇を決めてくれるものだ」

「殿下、しかし現実問題として彼女の存在はもはや──」


「現実?」

私は笑った。

だが、その笑みに温度など一分もありはしない。


「彼女がどれほどの苦痛に耐え、己の魂を削りながら理性を繋ぎ止めているか、貴様らは誰一人として見ていない。ただ保身のために、あの子を切り捨てる算段ばかりか」

言葉と共に、私の内に秘めた黄金の魔力が威圧となって僅かに漏れ出した。


「封印? 隔離? 婚約破棄?」

一つ一つの言葉を噛み潰すように吐き出す。




「──ならば、私がすべて引き取る」




沈黙。

あまりの暴論に、誰も即座に言葉を返せなかった。


「殿下……それは、聞き捨てなりませんな」

枢密院の老臣が苦々しく口を開く。

「次期国王として、王位継承権を持つ御身として、あまりにも危険な発言です。彼女を側に置くということは、死を飼うも同然……」


「危険で結構」

私は即座に、断固として切り捨てた。


「彼女を一人きりで冷たい檻に閉じ込めるくらいなら、私は王座など捨てる」

会議室の空気が、今度は恐怖ではない別の何かによって凍りついた。


王族として。

未来の王として。

絶対に、死んでも口にしてはならない類の禁句だった。


「……正気ですか、殿下」

誰かが掠れた声で呟く。


私は窓の外を舞う白銀の幻影に目を向けながら、静かに答えた。

「……最初から、正気など保ててはいない」




その瞳には未来への野心など微塵もなく、ただ一人の少女を守り抜くという狂気じみた献身だけが、静かに、けれど激しく燃えていた。

窓の外では、季節外れの雪が彼女の悲鳴のように静かに降り始めていた。

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