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sideフレデリック

私は凍てついた森の奥を一人進んでいた。


もはや、そこには季節という概念さえ存在しなかった。

一歩踏み出すたびに骨まで凍りつくような冷気が肺の奥まで入り込み、内側から熱を奪っていく。

吐く息が、白い。

その白ささえも、吐き出した瞬間に鋭い結晶となって霧散するほどの極低温だった。


騎士団は既に後方へ退避させている。

王族としての責務を果たすなら、これ以上部下たちを“人の域”を超えた災厄に晒すわけにはいかない。

いや、それはただの建前だ。

本当のところ、私はこれ以上誰も彼女の領域に入れたくはなかった。

彼女の悲鳴、彼女の孤独、そして彼女が撒き散らすこの美しくも残酷な死の世界を、他の誰にも触れさせたくはなかった。


ここから先は、人が踏み込める領域ではないのだ。


木々は完全に凍結し、クリスタルのような鋭い輝きを放っている。

かつては青々とした葉を揺らしていたであろう大樹も今はただの巨大な氷の彫刻へと成り果て、風に揺れることさえ忘れている。

地面を覆うのは季節外れの雪ではなく、命を拒絶する白い霜。

空気そのものが、レティシアのあの愛おしくも悲しい魔力で侵食されている。


普通の人間なら、この場に立つだけで心臓が止まるだろう。

大気中に漂う魔力の密度は、すでに生物が許容できる限界を優に超えていた。

一呼吸するごとに、肺が内側から凍りつくような激痛が走る。

それでも私は進んだ。

凍りついた身体を、強靭な意志と、黄金の魔力だけで強引に動かし、前へと歩を進める。

私の魔力が押し寄せる冷気とぶつかり合い、周囲でパチパチと不可視の火花を散らしていた。


枝を踏みしめるたびにパキ、と氷が砕ける。


その無機質な音だけが、静かな森へ響く。

鳥の羽ばたきも、獣の遠吠えも、ここには届かない。

生命の気配は等しくこの白銀の沈黙に飲み込まれ、世界が彼女の孤独に合わせて、完璧な静寂を強いているかのようだった。


この森は、彼女そのものだ。

凍え、震え、自分を傷つけるすべてのものを拒絶して、厚い氷の殻に閉じこもっているレティシアの心象風景そのものなのだ。


「……レティ」

掠れた声が、乾いた空気に溶けていく。


どれだけ探しただろう。

時計塔が崩れ彼女がその冷気に飲まれて消えたあの日から、私の世界は色を失った。

どれだけ眠らず、古い文献を漁り、指先をインクで汚し、魂を削りながら、彼女の痕跡を追っただろう。


私の手は、すでに感覚を失いつつある。

剣を握る掌の皮が、冷気で金属に張り付いているのが分かった。

一歩踏み出すごとに、太ももの筋肉が裂けるような悲鳴を上げ、視界は白濁した霧に覆われていく。

だが、痛みは私が生きている証であり、彼女と同じ世界に立っているという確信でもあった。


そして。

ようやく、ようやくここまで来た。


立ち込める白い霧の向こう。

歪に凍りついた樹々の隙間に、古びた修道院の影が見える。


雪に半分埋もれ、氷の蔦に覆われたその石造りの建物は、まるで世界から忘れ去られた墓標のようにも見えた。

だがそこからは間違いなく、私の魂が、私の血が記憶しているあの魔力が溢れ出している。


私の心臓が、痛いほどに強く脈打った。

鼓動が耳の奥で鐘のように鳴り響く。

指先は感覚を失い、全身を激痛が走っている。

だが、そんなことはもうどうでもよかった。


生きている。

私の愛した、たった一人の少女は。

間違いなく、あそこにいる。


「待っていろ、レティ……今、行く」


霧の向こうに佇む修道院を見据え、私は剣を杖代わりに、一歩、また一歩と冬の中心へと踏み込んでいった。


周囲の冷気は一段と激しさを増し、私の黄金の魔力さえもが、氷の牙に侵食され始める。

だが、私の足は止まらない。

例えこのまま身体が凍りつき、二度と動けなくなったとしても、最後の一歩が彼女の元へ届くのであれば、私は喜んでこの命を捧げよう。


彼女が一人で震えているなら、私がその凍てついた心を溶かす焔になればいい。

彼女が自分を怪物だと呪うなら、私はその怪物を愛する唯一の人間になればいい。


私は、崩れかけた修道院の門へと手をかけた。

冷たい石の感触が、絶望的なほどに優しく感じられた。


───ようやく、会える。


その予感だけで、凍りついていた私の世界に、再び一筋の光が差し込む。

私は重い扉を押し開けるべく、残されたすべての力をその両手に込めた。

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