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剥落する輪郭

アカデミーを去ってから、どれほどの月日が流れたのか。

逃亡の道中で見上げる月は天文台から見たものと同じはずなのに。

その光はどこか疎ましく、私の肌を刺すように冷たい。


ルーカスが用意した隠れ家は、国境近くの深い霧に包まれた古い修道院の跡地だった。

かつて魔力に溺れ、世を捨てた者たちが最後に辿り着いた場所だという。

今の私には、これ以上なく相応しい“墓場”だった。


「……レティシア。少し、横になってください。呼吸が乱れています」

ルーカスが薬草の香りが染み付いた外套を私にかけた。

アカデミーを去って以来、私の魔力は安定するどころか、さらに鋭利に制御を失い続けている。

寝ている間に周囲の草木が枯れ、朝目覚めると修道院の石壁に深い亀裂が入っていることなど、もはや珍しいことではなかった。




「……私、昨日何を考えていたのか、思い出せなくなる時があるのです」

私は、ひび割れた鏡に映る自分の姿を見つめた。

髪は完全に色素を失い、透き通るような白。

瞳の紅さは、私の内側で燃え盛る“命の残り火”のようだ。


「一番大切だったはずのものがこの溢れ出す魔力の濁流に押し流されていく気がして。……それが、怖くてたまらない」

「それは、あなたが今この世界の理そのものになろうとしているからです。……古い記憶が消えるのは、あなたが人間であることを辞め始めている証左でもある」


ルーカスは、私の手をそっと握った。

彼の掌は相変わらず氷のように冷たく、それが今の私には唯一の“自分を繋ぎ止める楔”だった。


修道院での生活は、死んだように静かだった。

私は石造りの寝台に横たわり、天井の染みを眺める。

かつての私は会社員として働き、家に帰れば家族と笑い合う……そんな“平凡な幸福”を何よりも愛していた。

その私が、なぜ今異世界の荒れ果てた修道院で、世界を滅ぼしかねない魔力を抱えて震えているのか。


その乖離が、私を狂わせる。

「……っ、う、ああああ!」


突如、胸を突くような衝撃が走った。

私の指先から放たれた衝撃波が部屋の古い家具を粉砕し、石の床に深い溝を刻む。


「レティシア! 抑えるんだ、自分を離すな!」

ルーカスが私の体を抱きしめ、自分の魔力を無理やり流し込む。

「……ダメ、ルーカス! 離れて……私の魔力が、貴方の命まで吸い取ってしまう!」


「構わないと言ったはずだ。……あなたが怪物になろうと塵になろうと、私はその一部として消える。……それが、私の選んだ答えだ」


ルーカスの腕の中で、私は激しく悶えた。

私の魔力は、彼の献身さえも餌にしてさらに巨大に膨れ上がっていく。

それは、かつての私が持っていた慈愛さえも糧にして成長する、皮肉な呪い。


「……ルーカス……私、消えたくない。…」

私の涙は床に落ちる前に蒸発し、青白い火花を散らす。

アカデミーから遠く離れたこの場所で、私は少しずつ一歩ずつ、レティシアという個体を失い、ただの巨大な魔力の塊へと成り果てようとしていた。




───……


その頃王都ではフレデリックが私の失踪の真意を求めて、禁じられた書庫の奥深くに隠された魔力暴走の記録を夜を徹して貪り読んでいることなど、今の私は知る由もなかった。


「……待っていてくれ、レティ。君がどれほどの地獄にいても、僕は必ず君を見つけ出す」


光と影。

互いに想い合いながらも、その想いの強さが互いを焼き尽くす。

救いようのない最期へと向かうカウントダウンは、今も静かに、けれど確実に刻まれ続けていた。

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