隔離
時計塔最上階。
かつては埃を被った古い資料と風の音が通り過ぎるだけの静かな物置場でしかなかったその場所は、もはや“アカデミー”という教育の場の一部ではなくなっていた。
視界に入るすべての窓硝子には、緻密で複雑な魔力封じの術式が血のような赤い染料で隙間なく刻み込まれている。
唯一の出入り口である厚い木扉には幾重もの銀の鎖を思わせる封印結界が物理的な質量を伴って張り巡らされ、触れる者すべてを拒絶するような威圧感を放っていた。
内側から溢れ出す制御不能な冷気を孕んだ魔力。
その漏出を防ぎ、罪のない生徒たちへの被害を最小限に食い止めるためだけに作り上げられた完全なる封鎖空間。
「……随分と、大袈裟なことですわね。一国の王女でも閉じ込めるつもりかしら」
私は監獄にも似たその光景を見渡し、自嘲を込めて小さく苦笑した。
その乾いた笑い声に、室内の魔力濃度を確認していたルーカス先生が感情の機微を削ぎ落とした声で淡々と答える。
「アカデミーの校舎が半壊し再建費用を公爵家に請求する羽目になるよりは、こちらの方が安上がりで合理的ですよ」
「……否定できませんわね。今の私の価値は、破壊の規模で測られるようですから」
重厚な木の椅子へ腰掛けた、その瞬間。
わずかな心の動揺に呼応するように、室内の空気がまた一段と冷え足元の石床に鋭い霜の華が浮き上がった。
最近ではもう、何かに激しく怒ったり悲しんだりせずとも。
ただ呼吸をし誰かを想うだけで周囲の温度を奪い、物理的な破壊を引き起こしてしまう。
私の魔力は、私という魂を餌にして外の世界を侵食しようと牙を剥いている。
「この塔には古代の魔力吸収材が埋め込まれています。ここなら、当面の間はあなたの暴走を抑え込めるはずです。外部へ冷気が漏れ出して犠牲者が出る心配はありません」
「当面、ですか」
「ええ。永遠ではありません。いつかはここも、あなたの力に耐えきれず飽和する」
静かだが、残酷なまでの断言だった。
いつかはここさえも決壊する。
その時、私という器は完全に粉々に砕け散っているだろう。
その未来を、彼は隠そうとも慰めようともしなかった。
私は術式が刻まれた窓の向こう、歪んだ硝子越しに外の景色を眺めた。
遠くの広場で何も知らない生徒たちが陽光を浴びながら笑い合い、昼食を囲んでいるのが見える。
風に乗って、微かな笑い声が届いたような気がした。
ほんの少し前まで、私もあの中にいたのだ。
───けれど、私はもうあちら側へは決して戻れない。
日向を歩き誰かの温もりに触れる資格を、この魔力が根こそぎ奪い去ってしまった。
私は愛する人々を守るために、自らこの冷たい檻に閉じ込もるしかない。
「……結局、私は“隔離”されてしまいましたわね。危険な毒物と同じように」
「人聞きが悪い。あなたは自身の意志で、他者を傷つけないためにここに籠もることを選んだ。それは気高き選択であり隔離とは呼びません」
「ふふ、優しい言い換えですこと。先生らしい、突き放したような慈悲ね」
ルーカス先生は瞳をわずかに細め、小さく、音もなく笑った。
その無機質な微笑みを見た瞬間、私はすとんと胸に落ちるように理解してしまった。
ここから先。
私が太陽の下で生きてきた“日常”は、完全に終わったのだ。
結露で白く濁った窓、石の壁の冷たさ。
そして凍てつく静寂だけが、これからの私の唯一の伴侶になる。
外はあんなにも鮮やかな色に満ちているというのに。
この部屋の中だけは永遠に終わることのない冬の夜に閉ざされていく。
私は静かに目を閉じ、自分の腕を抱きしめた。
その肌さえも、今はもう自分のものとは思えないほど冷え切っていた。




