救済の暴走
私は人気のない時計塔の上階で冷え切った石壁に背を預け、荒い息を繰り返していた。
肺の奥まで凍りつくような冷気がせり上がり、気温は暖かいというのに吐き出す息は白く濁っている。
石壁を通じて伝わる時計の歯車の振動が、今の私には自身の器が粉々に砕け散るまでのカウントダウンのように聞こえていた。
「……また、殿下の魔力が堪えているのですか」
窓の外を静かに見つめたまま、ルーカス先生が感情の削ぎ落とされた声で呟く。
遠くから。
ここからでもはっきりと、大気を震わせて伝わってくる強い魔力の波動がある。
それはどこまでも温かく真っ直ぐで、一点の濁りもない優しい魔力。
私という存在を全霊で愛し肯定し、闇の中から救い上げようとするあまりにも純粋な意志の輝き。
フレデリック。
その気配を肌に感じ彼の思考が私の方を向いていると悟っただけで、私の胸の奥は拒絶の熱で焼けつくように痛み出す。
「っ……!」
指先からパチパチと青白い火花が散り、私の意志を置き去りにして足元の床へ鋭い霜の華が走る。
私の壊れかけた魔力回路が、彼の向ける救済を致命的な劇薬として認識し、過剰なまでの防衛本能を剥き出しにしていた。
彼が私を想うたびに、私の魔力は彼を拒むために外へと溢れ出す。
「やめて……」
私は割れるような頭痛に耐えかね、額を強く押さえた。
石床に落ちる霜の結晶が、私の心の悲鳴を視覚化したように無機質に広がっていく。
近づかないで。
その正しすぎる光を向けないで。
お願いだから、私のことなど放っておいて。
心の中でそう叫んでも、届くはずがない。
フレデリックは今も不眠不休で私のために禁書を紐解き、必死に私を救うための「正解」を探し続けている。
その尊い献身が今の私をどれほど残酷に追い詰め、死の淵へと押しやっているかも知らずに。
「……皮肉ですね」
ルーカス先生の声は静かに、そして冷酷なまでに事実を指摘した。
「彼はただ、純粋にあなたを助けたいだけなのに。その熱量が高まれば高まるほど、あなたの均衡は崩れていく。彼が光を強めれば強めるほどあなたの影は濃くなり、その輪郭は耐えきれずに溶けていく」
「……ええ。分かって、おりますわ」
「その愛情が、今のあなたを壊している。あなたはもう耐えられない硝子の器になっている」
視界が歪み、涙が頬を伝う。
その涙さえも地面に落ちる前に凍りつきそうなほど、私の周囲は冷え切っていた。
フレデリックは悪くない。
何一つ、これっぽっちも悪くないのだ。
彼はいつだって正しく、優しく。
私に最高の愛を注いでくれた。
その愛を受け取れない私の方が、狂っている。
それでも。
その愛が向けられ、彼が私を「大切だ」と思うほどに、私の内側の異質さが軋みを上げ私は壊れていく。
彼が私を救おうと必死に手を伸ばすたび、私はその手から逃れるために自分の魂を削り取らなければならない。
愛されれば愛されるほど、私は私でいられなくなる。
「……あの方は、最後まで私を見捨てないのでしょうね。たとえ私が、どれほど彼を拒絶して傷つけたとしても」
「でしょうね。彼はそういう人間です。あなたの絶望ごと抱き締めようとするでしょう。それがあなたを殺すことになるとも知らずに」
淡々とした、突き放すような返答。
そこには慰めも、解決策もなかった。
彼が私を諦めない限り、私はこの壊死していくような苦しみから逃れることはできない。
あまりにも真っ直ぐな一点の曇りもない救済が、一歩ずつ確実に私を破滅へと追い詰めていく。
その絶望的なまでの噛み合わせの悪さに、私はただ音もなく崩れゆく自分を抱き締めることしかできなかった。




