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sideルーカス

レティシア・トムソン・イーデン。

完璧な美しさを持つ令嬢。

澱みのない魔法の才。

彼女はここ最近憂いを見せることが多くなった。

それはまるで、彼女の魂の奥底から漏れ出す悲鳴のようなものだった。




───……


アカデミーの入学式の日。

講堂の入り口で彼女が一人の新入生、名は確かエレノアとかいう女生徒接触した瞬間のことだ。

レティシア嬢の身体が、氷を突きつけられたかのように強張った。

彼女は自分の命脈が尽きるのを予感した罪人のような戦慄を浮かべていた。


一体何が彼女をそこまで追い詰めているのか、私には分からない。

けれど私は知っている。

彼女が今、足元から崩れ落ちそうなほどの孤独の中にいることを。

長年、彼女の思考の癖も魔力の揺らぎも、全てを観察してきた。

そんな私だからこそ、その綻びに触れることが許されるのだという自負があった。




───……


夕暮れに一人で北校舎のテラスに逃げ込んだ彼女を見つけた時。

私の胸を満たしたのは、かつての師としての責任感などではなかった。

それは、醜くも甘美な執着だった。

「レティシア嬢。そんなところで冷気に当たっていては毒になりますよ」


声をかけると、彼女は縋るような瞳で私を見た。

殿下の隣にいる時には決して見せない、防壁を失った無防備な顔。

彼女が“怖い”と零した時、私は自分の心臓が激しく脈打つのを感じた。

その恐怖の正体が何であれ、私だけにはそれを見せてくれた。

その事実が私を突き動かす。




そっと、彼女の頬に指を添える。

私の指先を見つめる彼女の瞳には、かつて“誰か”を私の中に見ていた時とは違う、もっと深い戸惑いが混じっていた。

彼女が私の外套の裾を掴んだ瞬間、私の理性が僅かに軋む。


「……一人で抱え込みすぎです」

低く囁いた言葉に、自分の情欲が混じるのを抑えきれなかった。

ふらりと揺れた彼女を反射的に腕の中で受け止める。




───殿下の婚約者。

そんな呪わしい肩書きを、全て私の腕の中で塗り潰してしまいたかった。

彼女の細い肩。

微かに震える体温。

彼女の絶望が深ければ深いほど、彼女は私を求め、私の腕の中に逃げ込んでくる。

このままどこかへ連れ去ってしまえたらいいのに。


彼女が私の胸に顔を埋める。

その心音さえも、私一人のものにしておきたかった。


しかし現実はそうもいかない、

カチリ、カチリと、回廊の先から規則正しい足音が聞こえてきた。

フレデリック殿下なのだろう。

レティシア嬢が慌てて私を押し返そうとする。

その抵抗の弱さを感じ、私はその腰を抱き寄せる力を僅かに強めた。


───殿下。

あなたは彼女のこんな狼狽した顔を知るまい。

レティシア嬢はあなたの前ではいつも取り繕おうとばかりしているから。




ギリギリのところで、彼女を解放する。

一歩下がり私は“教師”の仮面を被り直した。

「……これは、フレデリック殿下」

現れた殿下の瞳には隠しきれない不快感と、私への警戒が宿っていた。

殿下はレティシアの肩を抱き寄せ、自分のマントで彼女を覆い隠す。

それは、持ち物を守ろうとするような真っ直ぐな独占欲だった。


「……夜風は体に毒だ。これからは、私が彼女の話し相手になる」

殿下の言葉は、私への明確な線引きだった。

私は何も答えず、ただ恭しく頭を下げた。

そうして去りゆく二人の背中を見送る。

殿下の腕に抱かれながら、レティシア嬢の足取りは鉛のように重い。

殿下が彼女に注ぐ眩しさがかえって彼女を追い詰め、その心に深い闇を落としていることに、殿下はいつ気づくのだろう。




「……あの男に、あまり深入りするな」

遠ざかる殿下の声が、夜風に乗って届く。

私に深入りするな、か。

確かに殿下の仰る通りかもしれない。


私は一人テラスに残り、自分の手のひらを見つめた。

そこにはまだ彼女の頬の冷たさと、震える体温の残滓が、呪いのようにこびりついている。




───レティシア嬢。

私はあなたを光の中へ連れ戻そうなどとは思わない。

あなたの恐怖も絶望も、全て私が受け止めよう。

あなたがその闇の中でしか息ができないというのなら、私は喜んであなたと共にその底へ沈んでいく。




彼女が本当に壊れてしまう、その時。

彼女が最後に手を伸ばすのは、殿下ではなく私の影であることを信じて。


夜の帳が降りた回廊で。

私は1人、彼女の消えた暗がりをずっと見つめていた。

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