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sideフレデリック

王立魔法アカデミーの入学式。

降り注ぐ春の陽光を背に、私は隣を歩く婚約者の横顔を盗み見た。

レティシア・トムソン・イーデン。

幼い頃から私の隣に立つことを運命づけられ、その役割をこなしてきた少女。


今日の彼女はいつも以上に美しく、そして危うかった。

陶磁器のような白い肌は透き通るほどに青ざめ、その瞳には私が踏み込めない深い淵が潜んでいるように見える。


「……緊張しているのか? 手が冷たい」

人目を忍び彼女の指先に触れる。

だが、レティは弾かれたようにその手を引いた。

「いいえ。少々空気に圧倒されただけですわ」

殊勝な言葉とは裏腹に、彼女の指先は小刻みに震えている。

まるで、私の体温を恐れているかのような手の引き方だった。

胸の奥に、名前の付けられない小さな棘が刺さる。


「殊勝だな。…私がいるのだから何も案じる必要はない」

私は努めて鷹揚に笑ってみせた。

私がいればこの国の誰一人として彼女を傷つけることなどできない。

それこそが、彼女を守る正しさだと信じて疑わなかった。


だが、背後から突き刺さる視線に私はわずかに不快感を覚えた。

ルーカス。

今回、特例でアカデミーに特別講師として招かれた男だ。

彼は私達の数歩後ろを静かに付き従っている。

有能な男だとは認めているが、その一見謙虚な態度の裏側にある底の知れなさがどうにも鼻につく。

何より彼がレティに向ける眼差しには、私には解しがたい“共有された何か”が混じっているような気がしてならなかった。




───……


その夜。

公務を終えた私はレティの姿を求めて北校舎へと足を向けた。

暗い回廊を抜け、人気の途絶えたテラスへと辿り着く。

「レティ……? そこにいるのか?」


夜の冷気に満ちたテラス。

そこには、二人の影があった。


レティシアと、ルーカス。


近づく私の足音に反応し、二人の距離がふっと離れたように見えた。

ルーカスは数歩下がり、いつものように優雅な一礼を捧げている。

だが、その場の空気はひどく濃密で。

そして粘りついていた。


「……これは、フレデリック殿下。レティシア嬢ならこちらにおいでですよ。新生活に不安を感じていらしたようで、私が相談に乗っておりました」

「…そうか」


私は努めて冷静に言葉を返したが、内面では激しい疑念が渦巻いていた。

ルーカスの落ち着き払った態度。

そして、その背後で肩を震わせ今にも泣き出しそうな顔で立ち尽くすレティ。


見てはいない。

二人が何をしていたのかは。

だが、彼女のあの乱れた呼吸はどうだ。

私の前では決して見せない、防壁を崩された顔。

それをこの男の前で晒していたというのか。


───許せない。


何を、とは自分でも判然としなかった。

だが、私が触れることすら拒んだ彼女の指先が今はルーカスの外套の端を掴んでいたのではないか。

そんな根拠のない、けれど確信に近い疑いが胸を抉る。


私はレティの元へ歩み寄ると、彼女の肩を抱き寄せた。

逃がさない。

これ以上この男に彼女を預けておくわけにはいかない。


「ルーカス殿。レティの家庭教師として君が熱心だったのは重々承知しているが……夜風は体に毒だ。これからは、私が彼女の話し相手になる」


マントで彼女を包み込み、私はルーカスを冷たく見据えた。

ルーカスは何も言わず、ただ不敵な静寂を纏って微笑んでいた。

その笑みが“あなたに彼女の何が救えるのか”と問うているようで、私は衝動を必死に抑え込んだ。

「帰ろう、レティ。君の部屋まで送る。……ルーカス殿も夜道には気をつけることだ」


レティを連れ回廊を歩く。

私の腕の中で、彼女は石像のように強張っていた。

私の体温を彼女は一体どのような思いで受け止めているのだろう。


「レティ。……あの男にあまり深入りするな」

私は彼女を諭すように言葉を紡ぐ。

「彼は有能だが、その瞳には底知れない深淵がある。君のような純粋な人間が、覗き込んでいい場所ではない」


私の言葉に、彼女の肩が微かに跳ねた。

“純粋”。

その言葉が、今の彼女をどれほど残酷に切り裂いているか私は気づく由もなかった。

私はただ、彼女を私の知る“レティシア”という枠に閉じ込めておきたかったのだ。


「私が君を守る」


そうだ。

すべて私が排除してみせる。

だから彼女は何も考えず、ただ私の中にいればいい。

「だから……僕だけを見ていてくれ。いいな?」


彼女の額に口づけを落とす。

それは愛情であると同時に、彼女という存在を繋ぎ止めるための呪縛だった。


去りゆく彼女の背中を見つめながら、私は自分の掌を見つめた。

レティシア。

私の唯一の伴侶。

君が何を隠そうとしているのか、私にはまだ分からない。

だが君を闇に連れ去ろうとする者がいるのなら、私はその手をたとえ君自身の意志であっても断ち切ってみせる。


たとえそれが、君を永遠に壊すことになったとしても。


月明かりの下。

私の伸ばした影は彼女の背中を飲み込むように長く、不気味に伸びていた。

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