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迷いの中で

ルーカス先生の中に過去を追いかけて。

私は甘い傷跡をなぞるような自傷的な安らぎに浸る。

その一方で、私の心を揺さぶっていたのはフレデリックの存在だった。


乙女ゲームにおけるフレデリック・ロイヤル・オースティンは、冷徹で野心家。

美しい笑顔とその柔らかな態度で隠してはいるが、女性を目的達成のための駒としか見ない。

まさに“腹黒王子”の体現者。


そんな人間だと思っていたからこそ。

当初の私にとって彼は、自分を断罪の場へと引きずり出す存在でしかなくて。

私は彼を“処刑人”としか見ていなかった。


だからこそ、私は彼を利用した。

彼に嫌われるように立ち回ろうとし、計画通りに私を捨てさせるための盤面を整えようとした。

そうすることで、私の描いた完璧な終幕に近づけると思ったから。


その筈だったのに。




───……


それは、連日の無理な魔力構築で私の精神が極限まで摩耗していたある午後のことだった。

王宮図書室の陽の当たらない一番奥まった隅。

私は誰にも見られないように、震える指先をぎゅっと握りしめていた。


──もう頑張れない。

そんな弱音が、今にも喉から溢れそうだった。

張り詰めていた糸が今にも弾けてしまいそうな、その時。

気配もなく彼は現れた。




フレデリックは私の惨めな姿を見ても「どうした」とも「大丈夫か」とも尋ねなかった。

彼は無粋な同情もしない。

事情を問い詰めるような詮索もしない。

ただ、私の隣に座っただけだった。

そして彼は私の手を握り、真っ直ぐな声を響かせた。


「レティ。君が何を背負っていても構わない。そんなものは私が引き受けてやる。それだけは忘れるな」


傲慢な物言い。

けれどその声には、覚悟が宿っていた。


「だが、僕の前ではただのレティでいて欲しい。完璧な令嬢でも有能な教育係でもない。ただのレティシアでいて欲しい」




───…



彼が私に向ける瞳。

そこにはかつての蔑みなどは欠片もない。


私は前世で結婚していたしそれなりに恋愛もしてきた。

だから彼が私に向ける気持ちに気づかない程、鈍くはない。

フレデリックの瞳からは独占欲と献身、その2つが混ざり合った純粋な情愛が感じられた。


──私は夫を殺したも同然の人間。

フレデリックから真っ直ぐな光を向けられるべき人間なんかじゃない。


でも、その真っ直ぐさに惹かれてしまう。

そしてその度に私は背徳感に苛まれる。

前世の夫との誓いを裏切っているように思えて。

この上なく浅ましいように思えて。

自身が醜い存在だと感じた。


彼が優しくなればなる程私の罪悪感は膨れ上がり、胸を締め付ける。




───……


暗い寝室で、私は込み上げる涙を必死に堪えていた。

処刑人だった彼が私の救いになろうとしている。

それは私が描き上げた破滅への台本を、根底から書き換えてしまう程の引力だった。


これがなければ私はもっと楽に死へと進めた筈だ。

彼が私の中に“ただの一人の女の子”を見出さなければ、私はもっと完璧な“ラスボス悪役令嬢”として散れた筈だ。


彼の気持ちを受け入れることは、できない。

だってそれは、かつての自分を捨て去ることと同義だから。

だってそれは、自分を愛してくれた夫の存在そのものを埋葬してしまうことと同義だから。




フレデリックは無理に私を抱き寄せたりはしない。

でも、逃げ場を塞ぐように、静かに、けれど確実に、私の世界の中心へと歩み寄ってくる。


彼の声が、温もりが。

私を少しずつ、けれど確実に蝕んでいく。

私の防壁が崩されていくような、そんな予感がした。

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