境界線
アレン王子という“甘い毒”を中和した私が次に見据えたのはソフィアの盾となる存在、すなわち“近衛騎士ルート”の封鎖だった。
ゲームのシナリオにおける近衛騎士ルートは、孤独な王女が唯一身近に寄り添う無口な騎士に依存し、その独占欲からヒロインを排除しようとする悲劇の道だ。
その芽を摘むため、私は“精神教育”を開始した。
もちろん今回もフレデリック経由で両陛下の承諾を得た上で。
───……
ソフィ様の近衛騎士から専属護衛騎士に配属となった、カイル。
彼は騎士爵家の次男で真面目一徹かつ剣の腕も一流。
だが、その実直さゆえに王女という“守るべき花”への過剰な忠誠心が、いつしかソフィ様を道ならぬ恋心へと導きやすい危うさを秘めていた。
訓練場で砂埃が舞う中、私は凛とした佇まいを意識しながらカイルの前に立った。
「カイル殿、ソフィア様の護衛ご苦労様です。…ですが一つお聞きかせ願いますか?あなたは、何を持って彼女を守るつもりですか?」
カイルは若さゆえか熱を瞳に宿している。
彼は剣の柄を強く握り締め、私からの問に答えた。
「不肖カイル、この命に代えても剣の届く限りソフィア様をお守りいたします」
───“命に代えても”。
ゲームのプレイヤーなら感動するであろうその献身。
だが、この言葉こそが私には毒に見えた。
「……違います。剣は二の次ですわ」
ソフィ様を想うあまり思っていた以上に冷徹な声で発言してしまい、我ながら驚く。
気持ちを落ち着けるために小さく息を吸い呼吸を整え、私は言葉を続けた。
「カイル殿。ソフィア様を守るのはあなたの剣だけではなく、あなたの分をわきまえる心です。お分かりになりますか? あなたが彼女に注ぐべきは、盲目的な忠誠という名の情愛ではありません。彼女が歩むための“静かな壁”としての義務です。あなたが彼女の心の隙間に滑り込むような真似があれば、それは守護ではなく“侵食”ですわ。騎士の誇りにかけて、ソフィア様をあなたの色に染めることだけは許しません」
カイルに嫌悪感を抱かれようが理不尽だと思われようが疎ましいと感じられようが、どうでもいい。
私にとって大事なのはソフィ様の未来を守ること、それだけだ。
───……
それから私は王宮に行く度にカイルに主従の境界線を説いた。
ソフィ様が寂しげな顔を見せても、彼が安易に言葉をかけて彼女の特別な存在になろうとすることを禁じた。
「あなたには影となって欲しいのです。ソフィア様があなたという影を必要とせず、光の中へ歩み出せるようにすること。それこそが、あなたの果たすべき真の騎士道だと私は思いますわ」
カイルは最初こそ反発した。
自分より歳下の令嬢が講釈を垂れてくるのだ、反発心を抱くのは至極当然のことだっただろう。
しかし、いつしか彼は私の言うことを実践するようになっていった。
それが諦めなのか、私の狂気的なまでのソフィ様への愛を感じ取ったからなのか、はたまた別の理由があったからなのかは分からないけれど。
カイルは沈黙を守る“真の盾”へと鍛え上げられていった。
───…
カイルを“壁”として機能させる一方で、私自身はソフィ様に対して溢れんばかりの愛を注ぎ続けた。
依存とは、心の欠乏から生まれる。
ならば、その欠乏を先に埋めてしまえばいい。
「ソフィ様、今日は新しい刺繍を教えましょうか」
「レティお姉様、見て下さい!私刺繍をこんなにも美しく縫えるようになったんですよ!」
私は彼女が少しでも孤独を感じる暇を与えなかった。
休日のピクニック、他愛もないおしゃべり。
時に王女に望まれれば王宮に泊まることもあった。
夜更けまでソフィ様と語らうために。
ソフィ様にとっての“心の拠り所”を、騎士という不安定な異性ではなく自分という存在に固定させたのだ。
ソフィ様は愛で満たされ、彼女は孤独を知らない心優しい王女としてすくすくと育っていった。




