依存の連鎖
ソフィ様が6歳、そして7歳と年を重ねるに連れてその愛らしさは王宮の至宝と謳われる程になっていた。
彼女の純粋さは、高貴な身分という器の中で大きく輝きを放っていて、とても眩しい。
ソフィ様の成長はとても喜ばしい。
遥菜の成長を垣間見れているようで胸が暖かくなる。
けれど……。
その一方で彼女の成長は、私にとって背筋に氷を押し当てられるような恐怖のカウントダウンでもあった。
なぜなら、乙女ゲームのシナリオにおいてソフィアが様が悪役令嬢へと堕ちる土壌は、まさにこの幼少期の“歪んだ愛”によって耕されるからだ。
だからその対策はより具体的なものにしていかなければならない。
使命に燃えている私のそれは、もはや執念そのものだった。
───………
まず私が着手したのはソフィ様のすぐ上の兄、アレン王子による依存の連鎖の断絶だった。
アレン王子は腹黒である兄、フレデリック殿下とのキャラ設定とは対照的な存在だ。
柔和で感情豊かな少年。
しかし、その優しさは時に毒となる。
シナリオでは彼は3歳年下の妹であるソフィ様を元々は病的なまでに慈しんでいた。
彼女が転べば世界が滅んだかのように嘆き、彼女が望めば月の光さえも瓶に詰めて差し出そうとする。
そんな兄として描写されていた。
恐らく、彼にとってソフィ様は心の隙間を埋めてくれる存在だったのではないだろうか。
フレデリック殿下の抜きん出た能力の差に藻掻き苦しむ、彼の心の隙間を。
だからこそシナリオでは放任され愛に飢えたソフィ様が、アレン王子の存在に依存することとなったのだろう。
彼の“全肯定の愛”がソフィ様を甘やかし、彼女から困難に立ち向かう精神を奪う。
そして後にアレン王子がヒロインに心を移した瞬間、彼にとってソフィ様は無用の長物へと成り下がる。
そうして彼女は凄まじい嫉妬に狂い、断罪の道へと転げ落ちるのだ。
──そんな事態には、絶対させない。
私は決意を新たにし、フレデリックに“ある願い”を申し出た。
───……
眩い陽射しの降り注ぐある日のこと、王宮のサンルームではアレン王子がソフィ様に自身の宝飾品を次々と与えようとしていた。
「ソフィ、これが欲しいのかい? いいよ、全部あげる。君が笑ってくれるなら、僕の持ち物なんてすべてガラクタと同じだ」
「わあ、お兄様! ありがとうございます!」
頬を染めて喜ぶソフィ様。
その光景を私は冷ややかな瞳で見つめていた。
──この無責任さがこの子の翼を折るというのに。
そう思いながら、私は迷いなく二人の間に割って入った。
靴音がカツリと大理石に響く。
「アレン様。少々、行き過ぎではございませんか?」
アレンが驚いたように顔を上げた。
「レティシア嬢。いきなり失礼だな。行き過ぎとは何だ。僕はただ、可愛い妹に贈り物をしているだけだよ」
「その贈り物が彼女の『自立』を妨げているとしたら? アレン様、ソフィ様は一国の王女であらせられます。いつまでも甘え、与えられるのを待つだけの存在であってはなりません。一人の女性として己の足で立ち、何が正しいかを選び取る強さが必要ではありませんか?」
私はそう言って捲し立てる。
事前にフレデリックに頼みアレンへの進言を国王陛下と王妃陛下への許可をいただいていはいるものの、下手したら不敬罪に問われてしまいそうだ。
幸いだったのは両陛下もアレン王子の妹への甘やかしについて対処すべき事案として元々捉えていたことだった。
そうして私に責められ、アレンの顔からは余裕が消える。
「……君に何が分かる?ソフィはまだ子供だ。守られるべき存在なんだよ」
「守るということは盲目にすることではございません。将来彼女が1人窮地に立たされた時、アレン様が与えた宝石が彼女を守ってくれますか? 彼女を救うのは彼女自身の知性と、誘惑を撥ね退ける高潔な精神ではないですか?」
私は一歩も引かなかった。
たとえ誰に嫌われようとも、ソフィ様を守りたい。
──遥菜を。
そのためには今、この毒を抜かなければならないのだ。
「今後アレン様のソフィ様への贈り物は週に一度、教育的な価値のあるものに限定させていただきます。これは国王陛下と王妃陛下のご意向でもございます」
アレンは屈辱に震えているようだった。
けらど私の瞳に宿る正論と迫力に気圧され、ついに視線を逸らした。
これは無言の了承でもあった。
───……
アレンを退けた後、私はソフィ様を連れて庭園の奥へと向かった。
彼女は少し悲しそうな顔をしていた。
それは当たり前だ。
大好きな兄を私が叱りつけたのだから。
その現実をどう受け止めていいのか戸惑っているのだ。
私はソフィアの目線に合わせて膝をついた。
そして不躾にアレン王子を叱りつけたことに対して謝罪した後、言葉を続けた。
「ソフィ様。お兄様を嫌いになれと言っているのではありません。ただ、お兄様の世界だけがあなたの世界の全てだと思わないで欲しいのです」
「……世界?」
「ええ。この王宮の外にはもっと広く残酷で、けれど美しい世界が広がっています。お兄様の腕の中は温かいでしょう。けれど、そこに閉じこもっていては、ソフィ様はいつか“自分以外の誰かが愛されること”に耐えられなくなってしまいます」
私は彼女の小さな手を握りしめた。
「ソフィ様には、誰かの愛を奪い合うような小さな女性になってほしくないのです。あなた自身が太陽のように自ら光を放つ人になって欲しい。誰に愛されようと愛されまいと、あなたの価値は変わらない。それを知って欲しいのです」
ソフィ様の大きな瞳がじっと私を見つめていた。
「レティお姉様……。お姉様は、ずっと私のそばにいてくれますか?」
その問いに私の心臓が激しく痛んだ。
──私は、あなたを守るために死ぬ人間だ。
だが、もちろんそう答えるわけにはいかない。
私は微笑んだ。
なるべく優しく。
「ええ。例えこの身がどこにあろうとも、私の心は常にソフィ様と共にあります。ですから、お兄様以外にもお友達を作りましょう?本を読み民の声を聞き、外の世界を知りましょう。世界はソフィ様が思ってらっしゃるよりずっと広いのですから」
───…
それからというもの、私は彼女にアレン以外の居場所を徹底的に作り出した。
他家の令嬢たちを招いた茶会を主催し、時には騎士団の訓練を見学させ、彼女の興味を多方向へと分散させた。
ソフィ様がアレン王子に執着しそうになるたび、私は新しい世界を提示し続けた。
それはアレン王子ルートの際の悪役令嬢化への完全なる封鎖であり、同時に“近衛騎士ルート”への布石でもあった。
騎士たちの汗と泥にまみれた努力を見せることで、甘い言葉だけの愛に惑わされない審美眼を養わせる。
私の対策の全ては、数年後に訪れるアカデミーという名の“処刑場”でソフィ様が断罪される理由を一つ残らず消し去るため。
──遥菜、私があなたの運命を書き換えてみせるからね。
黄金の檻の中で、私は自らもまたその檻の一部になりながら必死に彼女の翼を鍛え続けていた。
その執念が自身の心をも削り取っていることには、まだ気づかない振りをしながら。




