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乖離

───……


気付けばアカデミー入学まで、あと3年。

その時間は長いようで、妙に短い。



私はいつものようにソフィ様と庭園を歩いていた。

彼女ももう6歳。

子供らしい言葉遣いではなく、すっかり淑女のような口調でを話をするようになっていた。


「レティお姉様、昨日はアレンお兄様と久しぶりにお会いできましたの!」

「まあ、そうでしたか」


アレン王子。

ゲームで言う“ルート分岐の鍵”。

ここで関係を誤れば、ソフィ様は将来的にブラコン由来の嫉妬で悪役令嬢化する。


……だから、今はまだ距離が近すぎるのは避けたい。


「どんなことをされましたの?」

「お兄様の剣術の稽古を見学したんですけど、本当に格好良くて素敵でしたわ!」


やはり、近衛騎士ルートと並んでまだまだ油断は出来なさそうだ。



──アレン王子。

過度な情緒的結びつきは回避すべき。




そう私が心の中で小さくメモを取っていた時のことだった。


「ソフィ、レティ、少しいいかい?」


フレデリック様の低く落ち着いた声が聞こえる。

その声に振り返ると、フレデリック殿下が立っていた。

そして後ろに、もう一人。



見慣れた青年。

淡い緑の髪、柔らかな空気。




──ルーカス様。

瞬間、胸の奥がわずかに跳ねた。



「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

私は自然に礼を取る。

フレデリック殿下は形式ばった挨拶は不要だと軽く笑いながら口を開いた。

「レティ、君の家庭教師が非常に優れているとの話を宰相殿に聞いてね。今日は紹介してもらっていたんだ」


殿下の言葉を受け、先生が1歩前に出る。

「こんにちは、レティシアお嬢様。まさか今日こちらでお会いするなんて不思議な感覚ですね」


静かで、丁寧な所作。

穏やかに微笑むルーカス様。

空気の密度が少し変わった気がした。

その瞬間だった。


──懐かしい。

あまりにも、何かに似ている。

何かに。


「……本当に、不思議な感覚ですわね。先生に今日お会いできるなんてとても嬉しいですわ」

声が、ほんの少しだけ遅れた。

その微細な揺らぎに気づいたのか、殿下が目を細める。


「珍しいな、レティが言葉を詰まらせるとは」

「そう、でしたかしら」

誤魔化すように笑う。



ルーカス様はその間も私から視線を外さなかった。


観察でもなく、評価でもない。

ただ、私を理解しようとしているような、そんな目。



「ソフィ、今日は見学をさせてもらうよ」

フレデリック殿下が言う。

「まぁ!嬉しい!一緒に遊べるんですの?」

「遊ぶ……かどうかは分からないがね」

苦笑する殿下。


ルーカス様は微笑みながら静かに頷いた。

その横顔に、また一瞬だけ影が重なる。



──違う。

そう思うのに、否定しきれない。

私は視線を逸らした。


───……


その日。

ソフィ様は終始楽しそうだった。

私と気ままに遊び、フレデリック殿下にたまにからかわれ、ルーカス様に魔法を見せつける。


「見て見て!できた!」

小さな火球がふわりと浮く。

「危ないですよ、ソフィアお嬢様」

反射的にルーカス様が制御を補助する。


その動きは自然で、正確で。

ほんの一瞬、彼の指がソフィ様の魔力線に触れた。



色とりどりの光が彼らを包み込み、それがあまりにも美しくて。


「……素敵」

思わず声が漏れる。


それを聞いたフレデリック殿下が小さく笑う。

「レティ、君が驚くのは珍しい」

「そうですか?」

「君も相当なものだがね」

その言葉に、なぜか胸が少しだけざわついた。

褒められたことへの違和感ではない。



“この場にいる誰もが、ただの登場人物ではない”と理解してしまった感覚。


──まずい。

少しずつ、未来がズレている気がする。


───……



帰路につき部屋に戻り、窓の外を見る。

そして瞳を閉じて今日のことを思い返していた。

瞼の裏で魔法訓練の光が揺れている。


ルーカス様の光。

フレデリック殿下の影。

そして、ソフィ様の笑い声。



全部が少しずつ、私の中に積み上がっていく。

そのどれもが、“予定外”だ。


なのに。

完全に排除できない。



むしろ、消えるどころか強くなる。



──私は、ちゃんとラスボスになれるのだろうか。




問いは、もう前と同じ形では戻ってこない。

その代わりに、別の問いが浮かぶ。




──もし、誰も死なずに済むなら。

その先にある未来は、許されるのだろうか。



不意に浮かんだその愚問は頭の中でかき消した。

私はそれを願う価値のない人間なのだから。

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